まぶしい光が、瞼の奥から差し込んでくる。
頬に触れるのは、柔らかな陽のぬくもり。
カナヲはゆっくりと目を開けた。
そこは、見慣れた蝶屋敷の一室。
夜の冷気がまだ畳に残っていて、夢の中の温度がかすかに指先に残っている。
──夢、だったんだ。
けれど、胸の奥のあたたかさは確かに残っていた。
涙の跡を指でなぞると、その感触が「現実だ」と静かに告げていた。
障子の向こうから、小さな足音が聞こえる。
「カナヲ姉さん、おはようございます」
振り向くと、つむぎが朝の光を背に立っていた。
両手に湯呑を持ち、少し照れくさそうに微笑んでいる。
「おはよう、つむぎ」
カナヲは静かに受け取り、湯気の立つ茶を口に含む。
香ばしい香りが、胸いっぱいに広がった。
「今日も、いい天気ですね」
「ええ……まるで春みたい」
つむぎは窓辺に近づき、空を見上げた。
そこには、ひらりと舞う蝶が一羽。
桃色の光を帯びて、ゆっくりと屋敷の庭へと飛び立っていく。
「きれい……」
つむぎが小さく呟いたその声が、夢の中の余韻を呼び起こした。
──桃色の蝶、薄紫の光。
カナヲは無意識に胸に手を当て、目を閉じる。
「カナヲ姉さん?」
「ううん、なんでもないの」
そう言って微笑んだその顔は、もう迷いのない穏やかな表情だった。
カナヲは立ち上がり、静かに廊下を歩く。
足が自然と、しのぶの部屋へと向かっていた。
扉を開けると、そこは時が止まったような静けさに包まれていた。
部屋の中央には衣紋掛けがあり、そこに掛けられた一枚の羽織。
カナエからしのぶへ、そしてずっと大切に守られてきたもの。
カナヲは、ゆっくりとその前に立つ。
何度も見てきたはずの羽織。
でも今は、違って見えた。
「……姉さんたち」
小さく呟きながら、手を伸ばす。
布の感触は、まるで春風のように柔らかかった。
ずっと、自分にはこの羽織を着る資格なんてないと思っていた。
だけど今ならわかる。
この羽織は“受け継ぐため”にここにあったのだと。
カナヲはそっと腕を通す。
桃色と藤色が肩に馴染み、まるで温もりが背中を包み込むようだった。
胸の奥から、ふと蝶の羽音が聴こえた気がした。
──ありがとう。もう大丈夫。
頬をなでる春の風が、まるで姉たちの手のように優しい。
カナヲは深く息を吸い込み、静かに微笑んだ。
「行ってきます」
そう言って扉を開けると、そこにはつむぎが立っていた。
驚いたように目を丸くして、すぐに笑顔になる。
「カナヲ姉さん……それ、すごく似合ってます」
「ありがとう」
カナヲも笑った。その笑みは、光の中で柔らかくほどける。
蝶屋敷の庭に出ると、風が頬を撫でた。
桃色の蝶が一羽、ふわりと舞い上がる。
それに導かれるように、カナヲは歩き出した。
──春は、もうすぐそこまで来ている
第5章 夢現 幕引
𝙉 𝙚 𝙭 𝙩 ↪︎ 第6章 継承(けいしょう)
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!