第18話

🦋第5章 夢現 朝日の羽音
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2025/10/18 06:00 更新
 まぶしい光が、瞼の奥から差し込んでくる。
 頬に触れるのは、柔らかな陽のぬくもり。
 カナヲはゆっくりと目を開けた。

 そこは、見慣れた蝶屋敷の一室。
 夜の冷気がまだ畳に残っていて、夢の中の温度がかすかに指先に残っている。

 ──夢、だったんだ。

 けれど、胸の奥のあたたかさは確かに残っていた。
 涙の跡を指でなぞると、その感触が「現実だ」と静かに告げていた。

 障子の向こうから、小さな足音が聞こえる。
 「カナヲ姉さん、おはようございます」
 振り向くと、つむぎが朝の光を背に立っていた。
 両手に湯呑を持ち、少し照れくさそうに微笑んでいる。

 「おはよう、つむぎ」
 カナヲは静かに受け取り、湯気の立つ茶を口に含む。
 香ばしい香りが、胸いっぱいに広がった。

 「今日も、いい天気ですね」
 「ええ……まるで春みたい」

 つむぎは窓辺に近づき、空を見上げた。
 そこには、ひらりと舞う蝶が一羽。
 桃色の光を帯びて、ゆっくりと屋敷の庭へと飛び立っていく。

 「きれい……」
 つむぎが小さく呟いたその声が、夢の中の余韻を呼び起こした。
 ──桃色の蝶、薄紫の光。
 カナヲは無意識に胸に手を当て、目を閉じる。

 「カナヲ姉さん?」
 「ううん、なんでもないの」
 そう言って微笑んだその顔は、もう迷いのない穏やかな表情だった。

 カナヲは立ち上がり、静かに廊下を歩く。
 足が自然と、しのぶの部屋へと向かっていた。

 扉を開けると、そこは時が止まったような静けさに包まれていた。
 部屋の中央には衣紋掛けがあり、そこに掛けられた一枚の羽織。
 
 カナエからしのぶへ、そしてずっと大切に守られてきたもの。

 カナヲは、ゆっくりとその前に立つ。
 何度も見てきたはずの羽織。
 でも今は、違って見えた。

 「……姉さんたち」
 小さく呟きながら、手を伸ばす。
 布の感触は、まるで春風のように柔らかかった。

 ずっと、自分にはこの羽織を着る資格なんてないと思っていた。
 だけど今ならわかる。
 この羽織は“受け継ぐため”にここにあったのだと。

 カナヲはそっと腕を通す。
 桃色と藤色が肩に馴染み、まるで温もりが背中を包み込むようだった。
 胸の奥から、ふと蝶の羽音が聴こえた気がした。

 ──ありがとう。もう大丈夫。

 頬をなでる春の風が、まるで姉たちの手のように優しい。
 カナヲは深く息を吸い込み、静かに微笑んだ。

 「行ってきます」

 そう言って扉を開けると、そこにはつむぎが立っていた。
 驚いたように目を丸くして、すぐに笑顔になる。

 「カナヲ姉さん……それ、すごく似合ってます」
 「ありがとう」
 カナヲも笑った。その笑みは、光の中で柔らかくほどける。

 蝶屋敷の庭に出ると、風が頬を撫でた。
 桃色の蝶が一羽、ふわりと舞い上がる。
 それに導かれるように、カナヲは歩き出した。

 ──春は、もうすぐそこまで来ている
第5章 夢現 幕引
𝙉 𝙚 𝙭 𝙩 ↪︎ 第6章 継承(けいしょう)
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