朝の蝶屋敷は、柔らかな光に包まれていた。
廊下には掃き清められた木の香りが漂い、庭の藤が風に揺れるたび、花の影が障子に淡く映る。
かつて、胡蝶しのぶとカナエが立っていた場所。
今、その中央に立つのは──栗花落カナヲだった。
しのぶの羽織を纏い、整った姿勢で皆を見渡す。
その背筋には、誰かの背を追うような迷いはもうない。
静かで、けれど確かに“導く者”の強さが宿っていた。
「アオイ、薬の在庫の確認をお願い。すみ、炭治郎のところに新しい包帯を届けて」
カナヲの声は落ち着いていて、かつての寡黙さが嘘のようにしっかりと響いた。
その姿に、皆が自然と頷き、動き出す。
──蝶屋敷の主。
誰もが心の中でそう呼んでいた。
縁側の隅でそれを見ていたつむぎは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。
桃色の髪飾りが光を受けてきらめき、頬を照らす。
(カナヲ姉さん……本当に、強い人だ)
かつて怯えて声すら出せなかった自分。
助けてもらうばかりだった日々。
けれど今は、違う。
あの人のように、誰かの支えになれる自分になりたい。
「……私も、頑張らなきゃ」
つむぎは小さく呟き、立ち上がった。
その手には、昨日カナヲから受け取った藤の花びらが握られている。
薬草を刻む音、湯気の香り、誰かの笑い声。
そのすべてが、あの日失われた世界の続きにある。
ここに生きるみんなが、しのぶとカナエの遺した灯を絶やさずに繋いでいるのだ。
カナヲはつむぎに気づき、やわらかく微笑んだ。
「おはよう、つむぎ。今日も手伝ってくれる?」
「はい。……私、もっと役に立ちたいです」
つむぎの声には、昨日までになかった確かさが宿っていた。
「ふふ、それなら頼もしいね」
カナヲはそっと藤棚の方へ視線を向けた。
春風が吹き抜け、花弁が二人の間を舞う。
「この屋敷はね、誰かの想いが繋がってできてるの」
「想い……ですか?」
「うん。痛みや悲しみもあったけど、それ以上に“優しさ”で支え合ってきた場所」
カナヲは言葉を選ぶように、少しだけ目を伏せた。
「だから今度は、私たちの番だよ。──この灯を、守るのは」
つむぎはその言葉を胸に刻むように、まっすぐ頷いた。
「はい。私も、守ります。この場所を、そして……カナヲ姉さんを」
藤の花が風に舞い、空へと昇っていく。
まるで見えない蝶が二人のまわりを舞っているかのようだった。
しのぶとカナエの微笑みが、その風の中に溶けているように感じられた。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。