烏 side
烏 「……チッ」
最後まで聞かへんで勝手にどっか行くなや。
小さな背中はあっという間に遠ざかって、
見えなくなった後も廊下に響いていた足音も、徐々に小さくなり、やがて消えた。
烏 「……。」
氷織 「行ってもたね。」
烏 「!」
訳も分からず追いかけようとしていた足を止めさせたのは
突然 後ろから降ってきた、後輩の声だった。
烏 「……なんや、氷織か。」
彼女の走っていった方角に一歩踏み出していた足を戻し、声のした方を振り返る。
すると、
珍しく感情の入っている目をした彼が、真っ直ぐに俺を見つめていた。
烏 「何そないな目でガン見してくんねん。俺のこと堕とそうとでもして───」
氷織 「なぁ……」
氷織 「今度は 何したん?」
烏 「っ、」
飛ばしかけた冗談を遮る氷織の一言。
そのたった一言に、胸がズンと重くなる。
氷織は、さっきまで俺が座っていたソファーに静かに腰を下ろすと、
氷織 「嫌われちゃうで。」
また一言、そう呟いた。
烏 「…………ハッ。知らへんわ。」
烏 「そもそもハナから仲良ぉする気なんてあらへんかったし。」
氷織 「ふーん。」
とても共感しているようには思えないが、静かに隣で相槌を打つ氷織。
なんとなく落ち着かなくなった俺はもう一度ソファーに座り、
片手に握っていたスクイズボトルのキャップを、無意味に開いては閉じる。
氷織 「…………。」
烏 「なんや。」
氷織 「いや、」
隣に座った俺を、まじまじと見つめてくる氷織。
氷織 「珍しいなぁ思うてさ。」
氷織 「烏がそないに───」
氷織 「女子に興味持っとんの。」
烏 「…………、」
別に興味なんかあらへんし。
って、言おうとしていたのに。
開きかけた口は、
その台詞を発することはなく。
言葉に詰まる俺に気がついたのか、
何かに納得したように口元を緩めた氷織が、俺の代わりに会話を繋ぐ。
氷織 「でも、そんなら態度改めなあかんよ。」
氷織 「いつまでもそのままじゃあ───、」
烏 「……、分かっとる。」
このままじゃいけないってことぐらい。
痛いほど分かっている。
いつまでもこのままじゃあ、確実にアイツは遠ざかっていく。
…………いや、
もう、遠ざかっているか。
現に、さっきの俺から逃げるように走って行ったそれが。
何よりの…………、
拒絶の証拠。
烏 「……っちゅうか……、」
烏 「第一印象の時点でアウトやろ。あんなん。」
思わず自分で自分を嘲笑う。
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烏『よろしくお願いする気はあらへんで。』
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あの時、あなたはどう思ったんやろか。
氷織とは対極的な、捻くれた先輩。
感じの悪い、意地悪な先輩。
きっと、そんなところだろう。
氷織 「でもさぁ、今ならまだ取り返しつくかも知れへんで。」
どうだか。
今から何かしたところで
変わることなんて きっとあれへん。
ずっと、キツい言葉で遠ざけて。
自分で蒔いた種で。
こんなにも苦しくなるなんて。
知ってたら最初から、そないなことせぇへんかったはずやのに。
烏 「あぁ………………、っ、クソ…………、」
どうして……
どうしてこないに しんどいんや。
氷織 「そういえば、もう謝ったん?」
氷織 「 "認めへん" 言うたこと。」
烏 「…………。」
烏 「今も認めてへんし。」
せや、俺は認めてへん。
アイツの才能も。
努力も。
サッカー愛も。
…………このよく分からない、むず痒い気持ちも。
そう思えば、楽になる気がした。
氷織 「……へぇ。」
それ以上、氷織が何も聞いてこなかったのは
この言葉が嘘であると
知っていたからではないことを願う。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。