水族館の奥。
橘
「……すご」
頭の上を魚が泳いでいる。
ガラスのトンネル。
青い光がゆらゆら揺れて、周りは少し暗い。
橘は上を見上げる。
橘
「きれい」
大きなエイがゆっくり泳いでいく。
橘
「はやとくん見て」
あなたが振り返る。
でも——
佐野は魚じゃなくてあなたを見ていた。
橘
「……なに」
佐野
「楽しそう」
橘
「普通」
佐野
「顔が楽しそう」
橘
「……うるさい」
あなたはまた上を見る。
そのとき、人が後ろから通る。
距離が少し近くなる。
暗いトンネル。
肩が触れるくらい近い。
橘
「……」
少しだけドキドキする。
そのとき——
佐野があなたの耳元に近づいた。
佐野
「あなた」
低い声。
耳元。
橘
「……っ」
あなたの体がびくっと揺れる。
橘
「はやとくん…」
佐野
「なに」
橘
「近い」
佐野
「そう?」
そしてまた、わざと耳元で話す。
佐野
「魚すごいな」
橘
「……っ」
変な声が出る。
橘
「んっ」
佐野が一瞬止まる。
そして、にやっと笑う。
佐野
「……あなた」
橘
「なに」
佐野
「耳弱い?」
橘
「……違う」
佐野
「今の声」
橘
「……」
佐野はまた耳元に近づく。
橘
「ちょ」
佐野
「あなた」
橘
「……っ」
また体が震える。
橘
「外だからやめて…っ!」
顔が真っ赤。
佐野は少し楽しそうに笑う。
佐野
「へえ」
橘
「……」
佐野
「家帰ったら覚悟しとけよ?」
橘
「……は?」
橘
「うるさい」
あなたは佐野から距離をとるように歩き出す。
橘
「もう近づかないで」
佐野
「怒ってる?」
橘
「怒ってない」
橘
「恥ずかしいだけ」
佐野は少し笑いながら後ろを歩く。
あなたの耳がまだ赤い。
佐野
「あなた」
橘
「なに」
佐野
「かわいい」
橘
「……うるさい」
でもあなたの歩くスピードは、少しだけ遅くなっていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。