もうすっかり乗りなれた車の中。
コンビニの駐車場で、運転席に座っている来栖さんはサンドイッチを口に運ぶ。
相変わらず、仕事に関しては適当なことばかり言ってはぐらかす来栖さんを、隣でアメリカンドッグを頬張りながら睨む。
ここ最近、ストーカー行為が落ち着いている。
出待ちされることも、後をつけられることも、事務所に変なものが送られてくることもない。
よって、動きようがない。
分かってはいるつもりだけど、警察に相談したらあっという間に解決してしまうものだとばかり思っていた私にとって、今の状況は正直辛い。
たまには自由に買い物に行きたいな.......。
きっと「買い物に行きたい」と言えば、連れて行ってくれないこともないとは思うけど。来栖さんに付き添ってもらう買い物なんて、それこそ息が詰まる。
とは言え、食品や生活用品ですら最近はネットで頼んでいる私にとって、やっぱり外の世界に出て買い物をするのは……リスクも大きい。
宅配便のお兄さんにすら、変な警戒心をむき出しにしてしまうくらいだもん。
……早く、ストーカーが特定されたら、もっと生きやすいのに。そう思いながら「帰るぞ」という来栖さんの声に静かに頷いた。
【マンションの前】
23時40分。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
来栖さんからいつも「外出する時は必ず連絡するように」と言われていたにも関わらず……。
徒歩2分ほどにあるコンビニくらいなら……と、油断した私は来栖さんに連絡をせずに家を出た。
コンビニ限定のホイップクリームプリンを片手に、ルンルンで店を出た私を待っていたのは、黒いフードを深く被った怪しい男だった。
怒りを含んだ焦った来栖さんの声が耳に届いて、連絡しなかったことを酷く後悔する。
私の返事も待たずに切られた電話は、ツーツーと機械音だけが鳴り響いて。来栖さんと繋がっていない電話に酷く不安になる。
───ガチャッ
何とか自分の部屋まで駆け込んで、言われたとおり鍵を閉めた私は、その場にへたれこんだ。
黒いフードを深く被った男の口元に薄らと不気味な笑みが浮かんでいたことを思い出しては、震え出す体。
……引っ越したのに、もう新しいマンションがバレてるなんて。
全身が心臓になったみたいに、ドクンドクンと大きく脈打つ。
どれくらいそうしていたか分からない。
スマホが着信を知らせて震えたことに驚いて、慌てて立ち上がった私は来栖さんからの着信に応答ボタンへ指をスライドさせた。
ガチャッと鍵を開ける音が響いて、ドアを開ける手が震える。
ドアの向こう側に来栖さんと、大野さんの姿を見つけた瞬間、再び体から力が抜けていくのが分かった。
ドアを開けるなり、聞こえてきた来栖さんの怒鳴り声。
一瞬でじわっと滲む涙。
堪えようと唇を噛んではみたけれど、溢れ出した涙は滝のように流れて止まることを知らない。
私の背中を擦りながら気遣ってくれる大野さんに、来栖さんは小さくそれだけ呟いて部屋を出ていった。
.......普段は生意気ばっかりで、いざって時にも言いつけを破って。
おまけに、ストーカーに待ち伏せされて、怖くなって都合のいい時だけ頼って.......。
ちょっとキツく怒られたからってすぐ泣いて。
私は来栖さんの表面的な部分ばかり見ていた。
それこそ、正直に言えば”仕事に対して適当な新米警官”だと思ってた。
だけど、大野さんの話の中には、私の知らない来栖さんがいて、そのどれもが私の胸を熱くした。
ガチャ、とドアが開く音がして来栖さんが部屋の中へと入ってくるのが見えた。
勢いに任せて頭を下げたのはいいけれど、頭を下げてしまったせいで来栖さんの顔は見えない。
何も言わない来栖さんに不安を覚えた頃、フワッと優しく頭を撫でられてドキッと胸が高鳴った。
相変わらず口が悪くて警察官の風上にもおけない来栖さんのほんのり赤く染まった顔を見つめながら、
来栖さんは、適当新米警官なんかじゃなくて、もしかしたら正義のヒーローなのかもしれない……なんて、柄にもないことを思った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。