第3話

ひとりきりの夜に
8,896
2019/11/22 04:09
もうすっかり乗りなれた車の中。
来栖
来栖
まだ報告できることはない
栞那
栞那
.......もう3週間も経つのに
ひとつも情報を掴んでないの?
来栖
来栖
そう簡単に情報掴めたら
苦労しないだろ
コンビニの駐車場で、運転席に座っている来栖さんはサンドイッチを口に運ぶ。

相変わらず、仕事に関しては適当なことばかり言ってはぐらかす来栖さんを、隣でアメリカンドッグを頬張りながら睨む。
来栖
来栖
それに。
ストーカー側の動きがないんじゃ
掴めるもんも掴めない
栞那
栞那
.......それはそうだけど
ここ最近、ストーカー行為が落ち着いている。
出待ちされることも、後をつけられることも、事務所に変なものが送られてくることもない。

よって、動きようがない。

分かってはいるつもりだけど、警察に相談したらあっという間に解決してしまうものだとばかり思っていた私にとって、今の状況は正直辛い。

たまには自由に買い物に行きたいな.......。
来栖
来栖
ま、そのうち何かしら動きがあるだろ
栞那
栞那
.......すんごい適当
来栖
来栖
適当くらいがちょうどいいんだよ。
なんでもキチッとしてたら息が詰まる
栞那
栞那
新米のくせに口だけはいっちょ前.......
来栖
来栖
なんか言ったか?
栞那
栞那
.......いいえ?何にも!
きっと「買い物に行きたい」と言えば、連れて行ってくれないこともないとは思うけど。来栖さんに付き添ってもらう買い物なんて、それこそ息が詰まる。
栞那
栞那
……はぁ
来栖
来栖
人の顔みてため息つくなよ
失礼なやつだな
とは言え、食品や生活用品ですら最近はネットで頼んでいる私にとって、やっぱり外の世界に出て買い物をするのは……リスクも大きい。

宅配便のお兄さんにすら、変な警戒心をむき出しにしてしまうくらいだもん。

……早く、ストーカーが特定されたら、もっと生きやすいのに。そう思いながら「帰るぞ」という来栖さんの声に静かに頷いた。

【マンションの前】


23時40分。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
栞那
栞那
……っ、はぁ、はぁ……っ
栞那
栞那
く、来栖さん……助けてっ、
黒いフードの男が……
追いかけてくる!!
来栖さんからいつも「外出する時は必ず連絡するように」と言われていたにも関わらず……。

徒歩2分ほどにあるコンビニくらいなら……と、油断した私は来栖さんに連絡をせずに家を出た。

コンビニ限定のホイップクリームプリンを片手に、ルンルンで店を出た私を待っていたのは、黒いフードを深く被った怪しい男だった。
来栖
来栖
……っ!?
今どこにいる?
怒りを含んだ焦った来栖さんの声が耳に届いて、連絡しなかったことを酷く後悔する。
栞那
栞那
近くのコンビニに行った帰りで……
もうすぐマンションの中に……
来栖
来栖
家を出る時は連絡しろって
あれほど言っただろ!!
栞那
栞那
ごめん……っ、なさい
来栖
来栖
っ……とにかくすぐに向かう!
部屋に入ったら窓も全部、鍵を閉めろ
着いたら電話する。
それまでドアを開けるな、いいな?
私の返事も待たずに切られた電話は、ツーツーと機械音だけが鳴り響いて。来栖さんと繋がっていない電話に酷く不安になる。


───ガチャッ
栞那
栞那
……はぁ、はぁ……はぁ
何とか自分の部屋まで駆け込んで、言われたとおり鍵を閉めた私は、その場にへたれこんだ。

黒いフードを深く被った男の口元に薄らと不気味な笑みが浮かんでいたことを思い出しては、震え出す体。

……引っ越したのに、もう新しいマンションがバレてるなんて。
栞那
栞那
怖か……った
全身が心臓になったみたいに、ドクンドクンと大きく脈打つ。

どれくらいそうしていたか分からない。


スマホが着信を知らせて震えたことに驚いて、慌てて立ち上がった私は来栖さんからの着信に応答ボタンへ指をスライドさせた。
栞那
栞那
も、もしもし……
来栖
来栖
俺だ、部屋の前に着いた
栞那
栞那
……い、今、開ける
ガチャッと鍵を開ける音が響いて、ドアを開ける手が震える。


ドアの向こう側に来栖さんと、大野さんの姿を見つけた瞬間、再び体から力が抜けていくのが分かった。
栞那
栞那
来栖さ……
来栖
来栖
バカか、お前は!!!
来栖
来栖
家を出る時は連絡しろって
あれほど何度も言ったよな!?
来栖
来栖
お前は自分の置かれてる立場を
分かってんのか!?
ドアを開けるなり、聞こえてきた来栖さんの怒鳴り声。

一瞬でじわっと滲む涙。
堪えようと唇を噛んではみたけれど、溢れ出した涙は滝のように流れて止まることを知らない。
大野
大野
おい!来栖.......!
大野
大野
ただでさえ怖い思いをしたばかりなのに
そんな言い方するやつがいるかよ!
来栖
来栖
.......っ、
来栖
来栖
すみません。
ちょっと、頭冷やしてきます
私の背中を擦りながら気遣ってくれる大野さんに、来栖さんは小さくそれだけ呟いて部屋を出ていった。

.......普段は生意気ばっかりで、いざって時にも言いつけを破って。

おまけに、ストーカーに待ち伏せされて、怖くなって都合のいい時だけ頼って.......。

ちょっとキツく怒られたからってすぐ泣いて。
大野
大野
ごめんね、栞那ちゃん。
.......来栖も栞那ちゃんのことが心配で
ついキツく言っちゃったんだと思う
栞那
栞那
.......来栖さん、いい加減
私に嫌気がさしたんだと思う
大野
大野
.......なんでそう思うの?
栞那
栞那
高校生のくせに警察官にタメ口だし
言いつけは破るし
栞那
栞那
そのくせ都合のいい時だけ頼って
怒られたら泣いて.......
大野
大野
そうかな?
来栖、いつもすげぇ心配してるよ。
栞那ちゃんのこと
栞那
栞那
.......え?
大野
大野
朝早く出勤して
栞那ちゃんを学校に送ってくまでの間
できる範囲の仕事をして
大野
大野
栞那ちゃんを送ったらすぐ署に戻って
他のストーカー被害者の対応に
ストーカー対策の考案に飛び回って
大野
大野
栞那ちゃんをマンションまで送った後も
まっすぐ課に戻って遅くまで仕事してる
栞那
栞那
……来栖さん、そんなこと一言も!
大野
大野
言わないだろうね。
アイツ、仕事に対してどこまでも
適当に見えるでしょ?
栞那
栞那
……はい
大野
大野
……でも、誰より努力してる。
誰より真剣に取り組んでる。
1人でも多くの被害者助けたいって
大野
大野
栞那ちゃんの送迎だって
俺も手伝うって言ってんのに
”俺が護るって約束したから”って譲らないんだよ
栞那
栞那
……来栖さん
私は来栖さんの表面的な部分ばかり見ていた。


それこそ、正直に言えば”仕事に対して適当な新米警官”だと思ってた。

だけど、大野さんの話の中には、私の知らない来栖さんがいて、そのどれもが私の胸を熱くした。
大野
大野
”若さを言い訳にしない”
それが来栖のポリシーだから
大野
大野
分かりづらいけど、
来栖なりに栞那ちゃんのこと
すごい大事に思ってると思うよ
栞那
栞那
来栖さんに、ちゃんと謝ってみる
栞那
栞那
大野さん、ありがとう
大野
大野
ん、どういたしまして!
……お、噂をすれば戻ってきたな
ガチャ、とドアが開く音がして来栖さんが部屋の中へと入ってくるのが見えた。
栞那
栞那
……っ、あの!来栖さん、
今日は本当にごめんなさい!
勢いに任せて頭を下げたのはいいけれど、頭を下げてしまったせいで来栖さんの顔は見えない。

何も言わない来栖さんに不安を覚えた頃、フワッと優しく頭を撫でられてドキッと胸が高鳴った。
来栖
来栖
……無事でよかった。
次からはちゃんと連絡しろよ?
栞那
栞那
……うん、絶対する。
それから……!
来栖
来栖
ん?
栞那
栞那
いつも、ありがとう
来栖
来栖
は?……なんだよ、気持ちわる
栞那
栞那
ちょっ!
人がせっかく素直に……!
相変わらず口が悪くて警察官の風上にもおけない来栖さんのほんのり赤く染まった顔を見つめながら、
栞那
栞那
照れてる?
来栖
来栖
……んなわけねぇだろ
来栖さんは、適当新米警官なんかじゃなくて、もしかしたら正義のヒーローなのかもしれない……なんて、柄にもないことを思った。

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