第44話

第四十二話
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2025/12/24 14:00 更新
 目を覚ましたとき、透は天井を見ていた。

 白い。

 病室……ではない。
 少しけむっぽい…縫写市場の応急隔離室だ。
一ノ瀬透
……俺生きてる?
 声は、少し掠れていた。
浜辺莉子
はいはーい、生きてますよー
 軽い声。
 振り向くと、椅子に座って端末を弄る莉子がいた。
浜辺莉子
意識、戻ったね。
ブラックアウト後、三分間心拍ゼロ。
正直……賭けだったんだよ
 莉子の口調は、少し怒っていた。
一ノ瀬透
…ごめん。
それより、灯は?
 その一言で、莉子は少し呆れたように笑った。
浜辺莉子
まったく…隔離中。
でもね──“核”じゃないよ。
もうただの女の子
 胸の奥が、きしんだ。

 救えた。

 でも——
 全部じゃない。
 透は、自分の胸に手を当てた。

 そこにあるはずの“重み”が、
 少し形を変えて残っている。


(……灯を救ったのに)


 満たされない。
 安堵より先に、
 自分への嫌悪がじわりと滲んでくる。

 大好きないもうとが助かってよかった。
 それは変わらない。


(俺は……
 あのとき、灯を救いたかった?
 それとも——
 “選ばれる自分”を守りたかっただけか?)


 答えは出ない。

 ただ、胸が痛い。
 
 透は、無意識に隣を見た。

 ……いない。

 あれほど近くに感じていた芽吹の気配が、今はない。
一ノ瀬透
芽吹…ヴァインは?
 莉子は一瞬だけ言葉に詰まった。
浜辺莉子
……リンク、切れてるわ…
完全じゃないけど、
今は“こちら”にいない
 透は目を閉じた。

(まただ)

 大事なところで、いつも。

(守れたと思った瞬間に……
 俺の手から、零れていく)

一ノ瀬透
くそ…
 そう呟いて、壁を殴った。

じんじん痛む拳が、自分をここ現実に繋ぎ止めている気がした。
 一方、縫写市場の外縁。
 崩れかけた通路で、陽太が壁に寄りかかっていた。
三鷹陽太
……先輩、無事だよな
田村美菜
当たり前よ
 美菜は即答したが、声が少し揺れていた。
三鷹陽太
…でもさ
三鷹陽太
先輩、
なんでも一人で背負う顔してるんだよな
 美菜は黙ったまま、拳を握る。

(……認めたくないけど)

(あの人は、
 誰かに頼るのが下手すぎる)
 誰もいない縫写層の奥。
 イヴは、壊れた糸の残骸を指でなぞっていた。
イヴ
失敗、かぁ
 けれど、怒ってはいない。

 むしろ、楽しそうだった。
イヴ
んふふ
イヴ
灯は選んだ。
透くんは手を伸ばした。
ヴァインは割って入った
 笑い声がどんどん大きくなり、
 イヴはうっとりと鏡を見つめる。
イヴ
人って、“誰かのため”って言いながら、
いちばん縫いたいのは自分の穴なんだよね
 イヴは、「バカだなぁ」と言いながら、
 新しい糸を取り出す。
 
 黒でも、白でもない。
 灰色の糸。
イヴ
次は……
“残された想い”を縫おうかしら
  「休ませないわよ。

   楽しみにしててね…クロノス」
 夜。
 隔離室の照明が落ち、静寂が訪れる。
 透は、独りで呟いた。
一ノ瀬透
芽吹
 返事はない。
一ノ瀬透
俺さ……
正しいこと、したつもりだった
 喉が締まる。
一ノ瀬透
でも……
自分が嫌いになる選択も、
一緒にしてた気がする
 誰かを救うたび、
 自分を削っている。

 それでも。
一ノ瀬透
……それでも、
手を伸ばすの、やめられねぇんだよ
 好きだから。

 大切だから。

 理由なんて、それだけで。

 そのとき。

 透の胸元で、
 かすかな“縫い目”が光った。

 芽吹の声ではない。

 でも——
 確かに、誰かの想いが残っている。
一ノ瀬透
残された、糸か
 透は小さく笑った。 

 壊れきれなかった自分。

 縫い直せなかった想い。

 それでも——
一ノ瀬透
行こう
 自分が必要なら。
 どこへでも.

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