第9話

カカオフィズで伝えたい想い
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2024/03/05 13:00
『隙ねぇ…』

「俺もあなた先輩のこと好きですよ!」

『その好きじゃなくて、
隙があるとかないとかの隙。』

「あぁ、そっち!あ、この先を左です。」

『ん、ありがとね。
てか村上くん、まだ諦めてなかったの。』

「だって彼氏いるわけじゃないんでしょ?」

『まぁ…ね。』
一緒に営業をすることになり、二人で営業車。
無免許の彼を助手席に乗せてナビを頼むと、快適なドライブの完成。
先日健太郎に隙があると言われた私だけれど、こいつは隙がなさ過ぎる。
ちゃっかり諦めてないし、まだチャンスあるって思われてる…悪い気はしないんだけどな。


先輩の運転快適だったなぁって、ルンルンしてる後輩を連れて、広告代理店のオフィスに入り、担当者を呼ぶと直ぐに係の人が来て会議室に通してもらう。
ちらりと中を見回すと隅の方で見知った人が話しているのが見えた、気がした。


『あれ、松永さん?』

「あなた先輩、行きますよ?」

『あぁ、うん。』


依頼をしていたとあるマカロンブランドの広告を引き取って、中身を確認するけど…なんか、違う。
高級感があるようにって確かにお願いしたんだけど…こういう系では無いんだよな。
『………一旦こちらお預かりしても?』

「えぇ、もちろんですよ。」

『ありがとうございます。
3日以内にまたご連絡します。』


納得がいかなくて、でもここで考えても埒が明かなくて、原稿を預かってオフィスを出た。
慌てて着いてくる後輩と二人でビルを出ると、そこに居たのは健太郎だった。


「あれ、あなたちゃん?」

『健太郎…、なんでこんなとこいるの?』

「あなた先輩?」

『あぁ…、この人ね』

「鈴木健太郎、バーテンダーです。」

「この人が噂のワンナイトバーテンダー!?」
健太郎は久しぶりにそれ聞いたなぁって笑ってたけど、こっちとしては笑い事じゃない。
この二人をかち合わせたらダメだって私の本能がずっと言ってたのに…なぜこうなった。
『私は大丈夫だから、次行くって言ったのに』

「あなた先輩、そうやって今日一日、
ごはん食べないつもりだったでしょ」

『だって時間が惜しい…』


私の前には健太郎、私の右隣には村上くん…、
そして今いる場所はカフェ…。
次の営業に行こうとしたら、そろそろお腹が空いたから休憩しようと言われたまでは、よかったんだけど…


「バーテンダーさんも、よかったらどうですか?」

「二人がいいなら、ぜひ。」

『だったら二人で行ってきて、
私はここからいけるとこ回るから…』

「何言ってるんですか、
あなた先輩今日ずっとご飯食べてないでしょ」

「え、そうなの?
それはよくないね。」

「でしょ?行きますよ!」


で、今に至る。



別にやましいことがあるわけじゃない。
しいていうなれば、私と健太郎の関係が曖昧なこと。
お互いに付き合ってるって思ってるわけじゃない、
でも身体の関係はある…。

この関係に名前があるのだとするなら…セフレ。
狡い関係だと思う、だけど付き合ってんだよね?なんてつっこめない臆病な自分がいる。

「ん、美味しいねここ。初めて来た!」

『このあたりの営業の時はいつもここかな、
提供早いから待ち時間少ないし。』

「先輩、いつも食べてないって思ってたけど、
意外とちゃんと知ってるんですね。」

『私だってお腹は空くのよ、
いつも食べてないわけじゃないから。』

思ったより空気が悪くならないのは、多分きっと健太郎が大人な対応をしてくれているから。
ほんっとそいういうところ、スマートなんだよね…。
サンドイッチをかじって遅めのランチタイムを楽しんでいると、営業用の携帯が鳴る。

『うげ…』

「ん、どうしたんですか?あなた先輩。」

『こないだ休日出勤してまで獲得した
クライアントなんだけどね…。』

「あのタヌキ親父?」
健太郎の目の色が変わる。
あの時は偶然松永さんと健太郎に助けてもらったけど、この後は村上くんと別行動だし…。
鳴り響く電話はしつこくて、こんなに放置してるのに一向に切れる気配がない。
仕方ないから、通話ボタンをタップしたら、上機嫌な社長のしゃがれた声が聞こえた。



『はい…。』

「あの親父、まだあなたちゃんのこと、
諦めてなかったんだ…。」

「何か、あったんですか?」

『あとで話すからちょっと待って…!』
とりあえず1時間後に伺うと約束を取り付けて、電話を切るとジト目の後輩と心配そうな健太郎。
時間が迫る中で、必要最低限で先日あったことを話すと、村上君は一緒に行くと言い出した。

『次の予定あんまりないなら
そうしてもらえると助かるかな。』

「あってもキャンセルします」

『それはダメ!
クライアントとの信用問題なんだから。』

「でも!」

『ごめん、健太郎、もう出ないと。』

「俺のことは気にしないで、楽しかったよ。」

『またお店行くね。』


そう言って、お会計を済ませてその場を立ち去った。
Kentaro Side


バタバタと立ち去っていったあなたちゃんを見送った後、一人残された席で残ったコーヒーをすする。
すっかり冷めてしまって苦いだけのコーヒーの後味は、いつもよりも悪く感じるのはなんでだろう。
席を立ってお会計をしようとしたら、あなたちゃんが全部払ってくれていたらしい。


「帰るか…。」

彼女を一番そばで、助けてやれるのは自分じゃないことに何故かもやっとした。
同じ会社じゃない、関係者ではないから仕方ない…。
頭では分かっているのに、あなたちゃんの後輩くんの立場が羨ましいと感じた。


どうして?という迷いや疑問を感じてもその答えはわからなくて、もやっとした気持ちを抑えきれない自分がいる。
別に彼女と付き合ってるわけじゃない、だからこそ彼女を縛る権利も俺にはないし。
彼女には彼女の人間関係があって、俺もそれは同じで、それはお互いに干渉できないもので…。



もやもやしたまま一度家に帰って、準備をしてからバーを開ける。
今日は、あなたちゃん来てくれるのかな。
昼間のやり取りも気になるし、という言い訳を自分に課して、携帯を開き、彼女に連絡をする。
〈大丈夫だった?〉

《なんとか!会食断った!》

〈ならよかった。〉

《でもむしゃくしゃするから飲みに行く!(笑)》

〈わかった、いつもの席空けて待ってるね。〉



彼女の顔が見られる、たったそれだけでちょっとだけ嬉しくなる自分がいた。
いつも彼女が来るのは大体20時ごろ、今日もその時間にお客様の来店を知らせるベルが鳴る。
店内も今日は静かで、お客さんもいない。

「いらっしゃい」

『お疲れ様、お昼はありがとう。』

「こちらこそ。楽しかったよ。」


何飲む?って聞いたら、いつもと同じで甘くないものっていうイタズラな返事。
だったら、今日はこれを出したい気分だ。
「これ、お昼のランチのお礼。」

『え、いいのに。
いつも美味しいお酒ありがとうっていう
私からのお礼だったのに。』

「それはいつもお代でもらってるでしょ?
だからこれはサービス、受け取って?」


『なんていうお酒?』

「カカオフィズ、甘さは控えめ。」
お酒に隠された真意を読み取ったのか、彼女はぱっと顔を上げた。
少し暗めのライトに照らされた彼女の頬が微かに赤く見えるのは、俺が舞い上がってるから?


『……、そういう、こと?』

「気づいた?」
うるんだ瞳で、カウンター越しにこちらを見つめる彼女に手を伸ばして、そっと唇を奪った。
ねえあなたちゃん、君のことどうやら好きになっちゃったみたい。
『あ!!
そうだ、健太郎に聞きたいことがあったの。』

「え、何?」

『松永さんって、
広告のデザイナーだったりする?』

「あー…昔はそういうのも
やってたみたいだけど、今は…」

『そっかぁ……』
いい雰囲気、だと思っていたのに、あなたちゃんの口から飛び出したのは違う男の名前…しかも純くん!
ちょっと悔しいよね…。


『実は今日いった広告代理店で貰った広告が、
わたし的にちょっと微妙でね…』

「…………紹介、しようか?」

『助かる!!』


彼女の次の言葉が、予測できてしまって、それをそのまま与えてしまう俺も、つくづく人がいい。


これは…まだまだ駆け引きが必要かな?
カカオフィズ
カクテル言葉:恋する胸の痛み

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