執務室_____
慣れた手つきで膨大な書類を対処している。
ペンを走らせる音だけが響いていた部屋に、不意に別の紙をめくる乾いた音が混じる。司は自分の作業からふと顔を上げ、黙々と隣で働く類の横顔に視線を向けた。月のような黄金の瞳が、ランプの光を反射して静かに揺れている。
その声は低く、抑揚が少ない。だが、言葉の端々には労わるような響きが滲んでいた。彼は手元の書類に一度目を落とすと、再び類へと向き直る。
類からの短い肯定を聞くと、司は小さく頷き、静かに椅子から立ち上がった。その動きには一切の無駄がなく、軍人らしい洗練された所作が窺える。彼は部屋の隅に設えられた小さな給湯スペースへ向かいながら、背中越しに言葉をかけた。
やがて、コポコポという心地よい音と共に、豆の香ばしい香りがふわりと室内に立ち込め始める。
司が二人分のカップをトレイに乗せて戻ってくると、一つを類の机の空いているスペースにそっと置いた。
彼は自身のカップには何も加えず、ただ黒い液体を見つめている。その珊瑚色の目は、相変わらず感情の機微を読み取りにくいが、どこか穏やかな光を宿していた。
短く応じると、彼はキャビネットから小さなミルクピッチャーを取り出し、類のカップに白い液体を静かに注いでいく。表面に薄い膜が張り、黒と白のまだら模様が生まれるのを、無表情ながらもどこか見守るような目で見つめていた。
……注ぎ終えると、カチャリと小さな音を立ててピッチャーを置き、自身はブラックコーヒーを一口、ゆっくりと喉に流し込む。
彼はそう言って、窓の外に広がる夜の闇に目をやった。基地の灯りが点々と闇に浮かんでいる。その横顔はいつも通りの厳めしさを保っているが、声には微かな疲労の色が滲む。
「そうだね」という類の静かな同意に、彼は窓の外から視線を室内へと引き戻した。カップを両手で包み込むように持ち、その温もりを感じているのか、しばらく無言で指先を眺めている。
それは飾り気のない、率直な感謝の言葉だった。普段、感情を表に出さない彼にしては珍しく、僅かに口元が緩んだように見えたのは、気のせいだろうか。すぐに元の無愛想な表情に戻り、彼はコーヒーカップに口をつける。
その言葉は命令のようでありながら、同時に信頼を込めた依頼のようにも響いた。
二人の間に再び静寂が訪れるが、それは先ほどまでの張り詰めたものではなく、共に夜を越えようとする者同士の、ある種の連帯感を含んだものだった。
類の前に置かれたカップからは、湯気とともに優しいミルクの香りと、微かにコーヒーの苦い香りが立ち上っている。
満足げに一つ頷くと、司も自らのデスクに向き直り、残りの書類へと手を伸ばした。先程までと同じように、ペンが紙の上を滑る音だけが響く。しかし、その空気はどこか柔らかくなっていた。
しばらくの間、二人は黙々と作業を続けた。
熱いコーヒーが冷めきる頃、ついに最後の一枚になった書類を司が署名し終える。
その声には、疲れの中にも確かな達成感が含まれている。ぎしり、と古い椅子が軋む音。司は体を起こすと、凝り固まった肩を軽く回した。
類の素直な礼の言葉に、司は一瞬だけ目を細めた。すぐにいつもの無表情に戻るが、その口調は常よりも幾分か柔らかい。
彼は立ち上がり、羽織っていた軍服の上着を手に取る。夜は冷える、という無言の気遣いだった。
司は先に立って扉を開け、廊下の様子を窺う。深夜の基地は静まり返っており、時折遠くで夜警の兵士が交代を告げるラッパの音色が微かに響くだけだ。彼の背筋は、任務中と変わらずまっすぐに伸びている。類の分のランプを手に、暗い廊へと一歩踏み出した。














編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。