第2話

魔法使いユリシーズと黒猫のベラ
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2021/07/15 04:00 更新


 固く閉じた目を開けた時、私は明るい緑の森に迷い込んでいた。

 目の前には一匹の黒猫と陽だまりのような髪の青年ユリシーズがいる。

 ユリシーズは自分のことを魔法使い、そして、この場所を箱庭と言っているけど……。

ユリシーズ
ユリシーズ
ここにはあの女の子たちも入って来れないし、君を縛るものは何もないから自由にしていいんだよ
深海聡乃
深海聡乃
(子供だからって私のことをからかってる?)
???
???
まぁ、急に魔法使いとか自由だなんて言われても信用できないわよね
深海聡乃
深海聡乃
(さっき聞こえた女の人の声!)


 その声の方を振り返ると、ずっと私のそばにいたあの黒猫だった。

深海聡乃
深海聡乃
え? 今、喋って……
ベラ
ベラ
私はユリシーズの使い魔よ。ベラっていうの、よろしくね
深海聡乃
深海聡乃
猫がっ……!?
ユリシーズ
ユリシーズ
ははっ、そんなに警戒しないでね。俺たちは君を傷つけようだなんて思ってないから


 そう言ってユリシーズはすり傷だらけの私の足に手のひらをかざす。

ユリシーズ
ユリシーズ
水の精よ、清らかな雫を恵み彼の人に癒しを


 呪文を唱えたユリシーズの周りにどこからか水のような光が集まり、そこから傷口に1滴の雫が落ちる。

 波紋の広がりと同時に痛みが引き、傷は跡形もなく消えてしまった。

 そんな奇跡を見せられた私は、ユリシーズが本当に魔法使いなのだと一瞬で理解した。

ユリシーズ
ユリシーズ
痛みはなくなった?
深海聡乃
深海聡乃
う、うん
ユリシーズ
ユリシーズ
それならよかった! 疲れただろう? 俺たちの家でゆっくりしていきなよ
深海聡乃
深海聡乃
けど、お父さんが……
深海聡乃
深海聡乃
(知らない人についていったらいけないって)
ユリシーズ
ユリシーズ
ここには君を怒る人も、縛る人もいないよ。
……俺たちはそんなに危なく見える?
深海聡乃
深海聡乃
……わからない。けど、……たぶん優しいと思う
ユリシーズ
ユリシーズ
あははっ、ありがとう


 綺麗なユリシーズが小さな男の子のように喜び、私はその笑顔になんだか気が抜けた。

ユリシーズ
ユリシーズ
一緒に夕食を食べたかったんだけど……。どうしよう、ベラ?
ベラ
ベラ
そうねぇ、夜の森は危ないから……


 その瞬間、太陽は早送りしている様に森の奥へと沈んでいき、空はオレンジに染まったかと思うと暗い紺色に星を散りばめる。

 ベラは昇った月を見上げて首を傾げる。

ベラ
ベラ
私たちの家の方が安全だと思うわ?


 暗い森の中でベラの金色の瞳がギラリと光り、妖しく微笑んでいる様に見える。

深海聡乃
深海聡乃
(さっきまでと雰囲気がちょっと違う。……少し怖いかも)
ユリシーズ
ユリシーズ
こら! 勝手にいじるな。それに、そんな脅すような誘い方だーめっ!
ベラ
ベラ
彼女の世界の時間に合わせてあげたのよ


 ユリシーズは「めっ!」とベラの鼻に人差し指を当てると、彼女は顔を逸らして言い返し、私をじっと見つめる。

ベラ
ベラ
自由って言ったでしょう? あとはあなたが考えて、好きに選んでいいのよ


 好きに選んでいい、その言葉に私の心はギュッと掴まれてしまう。

深海聡乃
深海聡乃
私、……深海聡乃ふかうみ さとのです。お家にお邪魔してもいいですか? あなた達のことが、少し気になる……かも
ユリシーズ
ユリシーズ
もちろん! ほら、おいで聡乃


 ユリシーズは私の手を取り、分厚い木のドアを開けて中へ入れてくれる。

 部屋一面に敷かれたカーペットの上には木製のダイニングテーブルと2つの椅子があり、いたる所に本が積み重ねられている。

 壁中に本棚や薬棚などが並べられていて、たくさんの物で溢れていた。


 部屋の奥のキッチンからはいい匂いがして、自然とお腹から大きな音を鳴る。

ユリシーズ
ユリシーズ
ははっ、早速夕食にしようか
ベラ
ベラ
そうね。私ももうお腹ペコペコよ


 ユリシーズが手をひらりと振ると、部屋中の本が鳥のように羽ばたいて棚に収まっていく。

 彼が自分の手でテーブルクロスをふわりと敷けば、その上にはキッチンから宙を舞ってやってきた食器や料理が綺麗に並んだ。

ユリシーズ
ユリシーズ
よし、じゃあ食べよう


 鮮やかな色のトマトスープと大皿にはパイのような料理、大きなベーコンなど初めて見る料理がたくさんある。

ユリシーズ
ユリシーズ
聡乃の口に合うように味付けを調整したんだ。気に入ってもらえるといいけど
深海聡乃
深海聡乃
美味しそう……だけど
深海聡乃
深海聡乃
(今までお母さんが栄養管理してくれてたのに……、食べてもいいのかな?)
ユリシーズ
ユリシーズ
どうしたの? あぁ、毒なんて入れたりしてないからね
深海聡乃
深海聡乃
そんなっ! 疑ってるわけじゃ……


 ユリシーズは直接大皿からお肉のパイをすくい口に入れる。

 「ね?」そう言って、もう一度それをすくうと私の口元まで持ってきてくれた。

ユリシーズ
ユリシーズ
あーん
深海聡乃
深海聡乃
(せっかく私のために作ってくれた料理……食べたい)


 私は大きく口を開けてスプーンごとお肉のパイを口に含んだ。


 滑らかなポテトとお肉が二重構造になっているパイは、まろやかな優しい味とジューシーなうまみが混ざり合って口の中に広がる。

深海聡乃
深海聡乃
美味しい!! 本当に美味しい!!
ユリシーズ
ユリシーズ
よかった。たくさんあるから遠慮なく食べてね


 いつのまにか目の前のお皿にはたくさんの料理が盛りつけられ、自分でスプーンを持って食べ始める。

 ユリシーズはそんな私を嬉しそうに眺めていた。

深海聡乃
深海聡乃
……なんで、私に優しくしてくれるの?
ユリシーズ
ユリシーズ
うーん、笑顔が見たいからかな
ベラ
ベラ
ここに迷い込むのはね、心に傷を抱えてる子達だけなのよ
ユリシーズ
ユリシーズ
ベラ!
ベラ
ベラ
いいじゃない。……ユリシーズは、そういう子供たちの幸せを願ってるの。ね?
ユリシーズ
ユリシーズ
……そうだね
深海聡乃
深海聡乃
ユリシーズは、やっぱり……優しいんだね


 誰かと一緒に食べるご飯はとても美味しくて、私は幸福感と満腹感で眠くなってしまう。

 目をこすっているとふわりと体が浮く。ユリシーズは私をお姫さま抱っこして、隣の薄暗い部屋へと連れていく。

ユリシーズ
ユリシーズ
好きなだけここにいていいんだよ
深海聡乃
深海聡乃
うん、……ありがとう



 ふかふかのベッドにゆっくりと下され、私は幸せを噛みしめて眠りについた。







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