翌朝、お館様の部屋で目覚めた寿々は、まだ本調子ではないものの、皮膚の火傷は綺麗に塞がっていた。
そんな彼女の前に、竹刀を一本放り投げたのは不死川実弥だ。
有無を言わさぬ気迫に押され、寿々は引きずられるようにして道場へと連行された。
道場には、噂を聞きつけた炭治郎や、暇をしていた伊黒、様子を伺いに来た義勇までもが集まっていた。
実弥が木刀を正眼に構える。風柱の構えは、それだけで周囲の空気が渦巻くような鋭さがある。
対する寿々は、渡された竹刀を右手で無造作に持ったまま、ぼんやりと立っていた。
構えすら取っていない。
足は肩幅よりも狭く、剣先はだらりと地面を向いたまま。
まるで戦う意志がない素人のようだが、義勇と伊黒の目は細められた。
実弥が痺れを切らし、地を蹴った。
「風の呼吸」特有の、目にも留まらぬ速さの踏み込み。
木刀が唸りを上げ、寿々の肩口を狙って振り下ろされる。
その瞬間。
寿々は目を開いたかと思うと、一歩も引かず、ただ手首をわずかに返した。
彼女の持つ竹刀が、下から上へと最短距離を跳ね上がる。
パァァァンッ!!
道場内に、乾いた、けれど鼓膜を震わせるほどの衝撃音が響き渡った。
実弥の腕が、強烈な振動で跳ね上げられた。
握力では誰にも負けないはずの彼の両手が痺れ、掴んでいた木刀が虚空を舞う。
木刀は天井に突き刺さるほどの勢いで吹き飛ばされ、実弥は呆然と自分の空の手を見つめた。
寿々は、打った瞬間の姿勢のまま、ピタリと止まっている。
無駄な動きが一切ない。呼吸を使わず、ただの「理」と「筋力」だけで、
風柱の一撃を完璧に弾き返し、逆に武器を奪ってみせたのだ。
寿々は申し訳なさそうに、地面を向いていた剣先を再びだらりと下げた。
静まり返る道場。炭治郎は口をあんぐりと開け、伊黒は「……ほう」と興味深げに目を輝かせた。
実弥は、痺れる手を押さえながら、目の前の「規格外」を睨みつける。
実弥の瞳に、獰猛な光が宿った。
彼は予備の木刀を掴み取ると、一気に全集中の呼吸を一段階引き上げる。
道場内の空気が、彼の怒気と練り上げられた闘気でピリピリと震え始めた。
実弥の姿が掻き消えた。
目にも留まらぬ速さの突進。
螺旋状に渦巻く斬撃が、暴風となって寿々を飲み込もうと襲いかかる。
寿々は小さく呟いた。
だが、その表情に焦りはない。
彼女は相変わらず、足を肩幅より狭くしたまま、剣先を下げた「無構え」の状態。
ガキィィィィィンッ!!
実弥の連撃が叩き込まれる直前、寿々の竹刀が最小限の動きでそれを「受け流した」。
力で押し返すのではない。実弥の放つ凄まじい風の勢いを利用し、その軌道をわずかに逸らす。
実弥の木刀が、寿々の髪を一房かすめて空を切る。
実弥は即座に体を反転させ、さらに鋭い追撃を放つ。だが、寿々の動きはそれ以上に精密だった。
彼女は、まるで未来を予見しているかのように、実弥の剣が届く数ミリ前に竹刀を置いていく。
パパパンッ! と小気味よい音が道場に響くたび、実弥の「型」が、文字通り紙を裂くように無効化されていった。
炭治郎が驚愕に目を見開く。
実弥はさらに速度を上げ、型を次々と繰り出す。
道場全体を切り刻まんとする風の刃。
しかし寿々は、まるでダンスでも踊っているかのように、最小限の歩法でその猛攻を回避し、受け流し続けた。
彼女の周囲だけは、嵐の中でも波一つ立たない水面のように静まり返っている。
実弥の木刀が、渾身の力で寿々の天面へ振り下ろされた。
寿々は、今度は避けない。
彼女は竹刀を両手で保持し、剣先を斜め上へと突き出した。
実弥の木刀が、寿々の竹刀の「腹」を滑るように伝い落ちる。
その摩擦の瞬間、寿々は手首を鋭く返した。
一瞬の沈黙。
実弥の体勢が、完全に崩れた。
寿々の竹刀の先が、実弥の喉元、数ミリのところでピタリと静止していた。
実弥の額から、一筋の汗が滴り落ちる。
呼吸を極め、命を削って戦う柱を相手に、寿々は一滴の汗もかかず、
呼吸も乱さず、ただ涼しい顔でそこに立っていた。
寿々が申し訳なさそうに微笑みながら竹刀を下ろすと、
道場を包んでいた凄まじい重圧が、嘘のように霧散した。
実弥は荒い息をつきながら、しばらく呆然と寿々を見つめていた。
やがて、彼は自分の木刀を床に放り投げ、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き回した。
悔しさよりも、その圧倒的な「技術」の差を見せつけられた爽快感すら混じった、実弥の咆哮が道場に響いた。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。