連れてこられたのは織田さんと坂口さんに初めてあったバーだった。太宰さんは指定席に座り私はあの時座った場所に座った。
マスターは慣れているのか太宰さんと織田さんの座っていた場所と私の前にお酒を置いて裏へと引っ込んでいく……
そう言って目を閉じる太宰さん。カラン……と、丸い氷が悲しい音を立てて店内のしっとりしたジャズにのまれ消える。
数分目を閉じていたかと思えば太宰さんはフッと笑みを浮かべ目を開ける。
そういった太宰さんの顔をチラ見すれば悲しそうに微笑んでいて……私は思わず太宰さんの手に持っていたグラスと自分のグラスを軽くぶつける。
カチン……と音がひびき驚いた顔で私を見上げる太宰さんをみる。
乾杯?と再びカチン!と音が響いてお互いクイッとお酒を飲む。かなりキツイのか、喉が焼けるように熱いが顔には出さず、氷を見つめていればそっとグラスのそばにカプセルが置かれる。
首を傾げ太宰さんを見れば念の為。と微笑まれ、カプセルを口に入れて奥に隠しておく。それを見て満足そうに微笑んで立ち上がった太宰さんに首を傾げつつ、私も立ち上がる。
そう言って太宰さんはポケットからリンゴを取り出し机に置く。そのリンゴに背を向けて店から出ていく太宰さんを見てから1度振り向けばひとつだったリンゴが2つに増えていて、何も刺さっていなかったリンゴにはナイフが刺さっていた……
それを見てから太宰さんを追いかけて店を出れば懐かしい顔が太宰さんに銃口を向けてたっていた……この数秒の後にだいぶ話がぶっ飛んだような気がするが……店の中から出てきた私を見て坂口さんと、その部下たちは困惑した表情を浮かべていた。
呆れたように口を挟んだ太宰さんにクイッとメガネおあげて太宰さんを睨みつける坂口さん。
その質問に答えることなく、慌てることなく笑みを浮かべた坂口さんを見つめている太宰さん。そんな太宰さんに坂口さんだけがどこか慌てている気がしてなんとも言えない空間が広がる……
ところで……澁澤龍彦って6年前に起こったポート・マフィアなど多くの組織が関わった大規模抗争、龍頭抗争の首謀者であるやつの名前ではないか……それがなぜ今頃……
不安になって太宰さんを見てれば私を見てスッと視線を逸らす。それがなんだか胸をザワつかせ1歩下がろうとしたが、誰かにぶつかり足を止め振り向こうとした私を止めるかのように太宰さんが声を出す。
振り向く暇もなく、私たちを隠すように白い霧が広がった…………
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!