基地に「ただいま」と言ってから。
ショッピは少しずつ、幹部達と過ごす時間が増えていた。
食堂で一緒にご飯を食べたり。
会議室の隅で丸くなっていたり。
任務帰りの幹部達を出迎えたり。
まだ完全に心を開いたわけではない。
急に大きな音がすると震えるし、知らない兵士を見れば隠れる。
それでも、確実に変わっていた。
「ショッピくーん」
「……なんですか」
ソファで本を読んでいたショッピが顔を上げる。
そこには、にこにこ笑顔の鬱先生。
嫌な予感しかしない。
「猫姿なってみぃひん?」
「嫌です」
即答だった。
「なんでや!!」
「絶対撫で回されるからです」
「バレとる」
「当たり前やろ」
呆れたように言うショッピに、周囲が笑う。
そんな穏やかな空気。
けれど、その日の夜。
ショッピは一人、ベッドの上で目を開けていた。
眠れない。
静かな夜は嫌いだ。
静かすぎると、昔の記憶が蘇る。
暗い部屋。
鍵の音。
誰かの笑い声。
逃げ場のない恐怖。
「……っ」
呼吸が浅くなる。
大丈夫。
ここは安全。
そう分かっていても、身体が勝手に怯えてしまう。
その時。
――ガタン。
廊下で物音がした。
ショッピの身体が硬直する。
心臓が跳ねる。
誰か来る。
怖い。
怖い怖い怖い。
気づけば、ショッピは無意識に猫姿へ変わっていた。
黒猫になったまま、震える足で部屋を飛び出す。
向かった先は――。
コンコン。
深夜の静かな廊下に、小さな音が響く。
数秒後。
「……ん?」
扉が開いた。
眠そうな顔のトントンが現れる。
そして足元を見て、目を丸くした。
「ショッピ?」
黒猫姿のショッピは、何も言わず震えていた。
いや、猫だから喋れないのだが。
明らかに様子がおかしい。
トントンはすぐ察した。
「……入るか?」
ショッピは少し迷ってから、小さく「にゃ」と鳴いた。
トントンは何も聞かず、そっと部屋へ入れてくれる。
暖かな空気。
薄暗い照明。
安心する匂い。
ショッピはようやく少しだけ息を吐いた。
「怖い夢でも見たんか?」
トントンがベッドに腰掛けながら聞く。
ショッピは答えられない代わりに、小さく丸くなった。
その姿を見て、トントンは眉を下げる。
「……無理に話さんでええ」
優しい声だった。
トントンは少し離れた位置に座り、本を開く。
“無理に構わない”。
それがショッピにはありがたかった。
静かな時間が流れる。
ページをめくる音だけが響く。
不思議と落ち着いた。
ショッピはそろそろと顔を上げる。
トントンは何も言わない。
ただそこにいてくれる。
その存在が温かかった。
気づけば、ショッピはふらふらと立ち上がっていた。
そして。
ぴょん、とトントンの隣へ飛び乗る。
「……!」
トントンが目を瞬かせる。
ショッピ自身も驚いていた。
だが逃げなかった。
むしろ、そっとトントンの腕に額を押し付ける。
甘えるように。
助けを求めるように。
「……しんどかったな」
トントンが静かに呟く。
優しく背中を撫でる手。
痛くない。
怖くない。
ショッピの喉が、くるる、と小さく鳴った。
「ふは、猫やなぁ」
トントンが少し笑う。
その声が心地よくて、ショッピは目を細めた。
「今日はここおるか?」
ショッピは小さく鳴く。
肯定だった。
「ん。好きにし」
トントンはベッドの端を空ける。
ショッピはしばらく迷ってから、その隣へ丸くなった。
人の近くで眠るなんて、昔なら考えられなかった。
でも今は。
怖さより、安心が勝っていた。
トントンが電気を消す。
暗闇。
けれど、もう怖くなかった。
「……おやすみ、ショッピ」
優しい声。
ショッピは目を閉じる。
そして小さく、小さく鳴いた。
「……にゃ」
――おやすみ。
その夜。
ショッピは久しぶりに、悪夢を見ずに眠れた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。