昼休みの裏庭。
人気のないその場所で、乾いた音が何度も響いていた。
「おい、人の目見ろよ。……あぁ、無理か。ビビってんだもんな。」
「いつもなよなよしててウザいんだよ。どうせ何されても抵抗できねぇんだろ?」
原田 渚(はらだ なぎさ)は壁に押しつけられ、胸ぐらを掴まれていた。
渚は唇を噛んで耐えていた。
抵抗すればもっと悪化するのがわかっているから。
「ほら、黙ってないでなんか言えよ。」
「死んでる?」
笑い声が響く。その全部が、渚の胸に刺さる。
その時だった。
「何やってんの?」
その声は静かだったが、空気を一瞬で変えた。
女子がゆっくり歩いてくる。
長い茶髪に鋭い目。
東 紬(あずま つむぎ)。
名前だけは渚も聞いたことがある。
“気が強くて少し怖い”と噂されている2年生の女子。
だがいじめっ子たちは彼女を知らないらしく、眉を寄せた。
「は?誰だよお前。」
「関係ねぇだろ。邪魔すんなよ。」
紬は目を細める。
風が少し吹いて、彼女の髪が揺れた。
「関係あるよ。気分悪いから。」
「は?なんだよそれ。……っ!?」
一人が紬の肩を掴もうとした、その瞬間。
紬は一歩も引かず、逆にその手首を掴み返す。
次の瞬間、鋭くひねり上げた。
「っ……!?」
「触んな。」
声は小さいのに背筋が凍るほど冷たい。
もう一人が怒鳴ろうと口を開いたが、紬の目とぶつかった途端、言葉が喉で止まる。
「……っ、行こうぜ……!」
「…くそっ!なんなんだよ……!」
二人は逃げるように去っていった。
裏庭に残された静けさの中で、渚は震えたまま紬を見つめた。
「大丈夫?」
紬が近づくと、渚は息を呑み、瞳が大きく揺れる。
怖くてじゃない。
——見惚れていた。
自分を助けてくれたという事実。
その圧倒的な強さ。
渚に掛ける言葉は驚くほど優しかった。
「…ありがとう。」
「別に。ムカついたから。」
紬がそっぽを向いたその瞬間、渚の胸が“ぎゅっ”となった。
(守られたの……初めてだ。)
その感情は一瞬で燃え上がる。
理屈もなく、ただまっすぐ——惚れてしまった。
紬がもう一度こちらを見る。
その目が、さっきの冷たい光とは違って、少しだけ柔らかい。
渚は心臓が跳ねるのを必死に隠せなかった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!