第65話

EP60
134
2024/02/01 14:03
文化祭 当日
文化祭当日さくらたちのクラスの準備は万全だった。

これもヒロイン2人が最初の通し練習でセリフも振りも全て暗記していたからだ。意外にもステージ上で堂々と役になりきるさくら。所々賀喜がさくらにアドバイスを求めるほどだった。

さくらはヒロイン役が決まってから毎晩家で母と演技の練習をしていた。この目に見える努力を目の当たりにしたクラスは演者と裏方、両者とも1度の温度差なくモチベーションを上げた。

さくら達のクラスは初日のトップバッターだった。
劇はこの文化祭の1番の催し物で劇が行われる1時間は体育館いっぱいに人が集まる。それはさくら達のクラスも例外ではない、と言うより、学年の人気者賀喜と他のクラスにとっては謎の美少女転校生さくらがヒロインを務めるのだから元々注目度は高かった方だ。

開会式が終わるとさくらと賀喜はすぐに準備室に移動した。

そこはただの空き教室なのに美容室のような空間になっており、スタイリストが3人いた。その3人は他クラスの親族で今回の文化祭、メイクやヘアアレンジを無料で行ってくれる。

さくらと賀喜はスタイリングに1番時間がかかるため最初に席に着いた。

「お願いします。」

2人は席に着くなり声を揃えていった。

「2人がヒロインだね。よろしく。」

賀喜を担当する男性が応えた。

「とびっきり可愛くするよ。」

さくらを担当する女性が鏡越しに言う。

2人とももうかけるところがないくらい仕上がったパーマ頭だった。袖口、首筋にはしっかり香水が付いておりその教室で明らかに浮いていた。

しかし、やはり腕は確かなものがありヒロイン2人を素早く仕上げていった。

さくらの髪型は、前髪はセンター分けにされ耳にかけられている。後ろ髪は捲し上げられ花束の様な造形になっている。そして少し物足りない前髪の右側にウェーブをかけられた触覚が1本流れている。

賀喜の髪型は毛先が外はねに、前髪はシースルーになっていてまさに王道アイドルの髪型になっている。

2人とも最後には小道具のティアラを添えられた。

衣装はその髪を崩さない様に裏方のクラスメイトに着せてもらった。

2人の準備が完成する頃にはもう開始の劇開始の10分前になっていた。

「あー、緊張するね。」

舞台袖のさくらが賀喜の手を両手で握りしめながら足を小さくジタバタさせる。

「さくちゃんの出番後半じゃん。私の出番がもうすぐなんだけど。私の心配をしてよ」

「かっきーは大丈夫だよ。いつも輝いてるから。」

そう言うさくらの口元は緩んでいるが、目が座っている。いつもより瞬きがぎこちなくなっている。強張った体を賀喜の手で温めようとしているが案外賀喜も緊張していて秋風に当たる鉄棒の様に冷えていた。

「冗談言わないでよ。」

「冗談じゃないよ。ほんとほんと。あ、意外と舞台に上がると緊張って感じないものだよ。バスケの試合と同じだよ。」

「さくちゃん舞台上がったことないでしょ。何情報それ。」

2人以外もクラスのみんながそれぞれ緊張していたが、みんなその緊張を口に出している。言ってしまえばそれだけで、失敗してしまいそうなどと言った雰囲気は誰からも感じられない。これはテスト勉強をしていない人の試験直実に湧いてくる根拠のない自信などではなく、練習をしてきたからこそくる緊張だった。

「でもかっきーのおかげでこれが終わったら、高校生活少し楽しくなりそうな気がする。ありがとね。」

「…………」

「え、えへ、えへへ。」

賀喜はその化粧をした顔、整えた髪型、綺麗な衣装からは予想できない笑いを浮かべた。

「何それっ!ははっ」

さくらもその笑いに誘われてしまった。

「かっきーのおかげで緊張解けたよ。」

「そう?つい嬉しくてね。さくちゃん、これ終わったら一緒に文化祭まわろうね。」

そう言って賀喜はさくらの答えを聞かず、手を離して舞台への階段を上がっていった。さくらは彼女がまるで主人公が『シンデレラの階段』を登っていく様な姿に見えた。演目は『アラジン』なのだが。

さくらの予想通り賀喜はシンデレラの様にジャスミンを演じた。観客も皆賀喜ばかり見ていた。さくらも舞台袖から観客のみんなが賀喜の演技を見ていることに気づいた。

観客席には母がいることにも気づいた。母はさくらが今まで見たこともないカメラを首から下げていた。

さくらが母に頭を抱えてる中、さくらは体育館の奥にここにいるはずがないある1人を見つけた。さくらは混乱した。しかし、すぐ自分の見間違いだと思い込んだ。なぜならこんなところにその人がいるはずがないのだから。

さくらはそう思い込み、忘れようとしたが、自分の出番が近づくにつれそのことは自然と頭の中から離れていった。

賀喜の出番が終わり、ここから物語は佳境に向かう。さくらの出番だ。

賀喜が舞台から降りてくる。賀喜はすれ違うさくらとハイタッチをした。言葉はなかったが想いはあった。

賀喜は振り返って舞台に上がるさくらを見つめる。それを見て賀喜は偶然にもさくらと同じことを思った。しかし、その後のさくらを見れば誰もが賀喜と同じことを思わされるのは必然であった。

舞台は幕を閉じ、最後のカーテンコールの際、ヒロインを演じた2人は盛大な拍手に迎えられた。

確かにその劇は大成功だった。しかし、それは高校の文化祭という枠に収めた場合だ。なぜならそれはさくらの1人舞台だった。さくらの演技に他のクラスメイトは皆飲み込まれてしまった。

前半は皆その生徒を、舞台に上がっている友達や同級生、先輩を見ていた。つまり、ジャスミン役を演じる賀喜遥香を見ていたのだ。しかし、後半はさくらだけがジャスミンになってしまった。きっと共演者のクラスメイトが夢見る若手の演者だったら、皆役者になる夢を諦めてしまう様な、そんな圧巻の演技をさくらは1人成し得ていた。

舞台後さくら達のクラスは演者、裏方関係なく大道具の撤去をする。さっきの盛大な拍手とは裏腹に異様なほど淡々と作業を進める。さくらの演技の余韻に浸っていたかったのだ。

その後体育館を出たさくらのクラスは裏で集合写真を撮ることになっていた。

そこでようやく日常の雰囲気が戻ってきた。別にそれが今までの日常というわけではないのだが、誰かに支配されていたかの様な空間は薄れていた。

「さくらちゃん演技すごい上手なんだね。」

クラスメイトの女子達がさくらを囲む。

「べ、別にそんなことないよ。」

まださくらは賀喜以外の女子とうまく話せない。しかし、さくらもまた自分の演技が練習通りかと言うとそうは思っていなかった。さくら自身、思い返してみると徐々に演技をしている感じがなくなり、セリフが自分の言葉になっていたかの様な不思議な感覚を覚えていた。

さくら達はヒロイン2人を真ん中にして集合写真を撮った。そこには写真部だけでなく同級生やその両親も一緒にシャッターをきっていた。その中にはもちろんさくらの母もいた。

さくらは恥ずかしかったが、なんとなく初めてみる母のカメラだけに目線を送っていた。

「さくちゃんってやっぱりシンデレラだったんだね。」

集合写真が終わる時、賀喜はさくらに顔を向けずにそう言った。

「写真撮ろ。」

そう言って、賀喜はさくらの返事を待たず自分のスマホを取り出し、内カメラでツーショットを撮った。

「じゃあ、あとでね。」

その後、賀喜はすごい勢いで写真を男子達から求められ人の波に消えていった。

賀喜が消えていくのと同時にさくらの母がさくらに迫る。

「さくらー!!やっぱりあなたは天才ね!ちょっと写真撮るからちょっとこっち来て!」

さくらの母は強引に、さくらの腕を引っ張る。少し痛かったがそんな必死な母を見てさくらは少し嬉しかった。

さくらは少し離れたところに連れて行かれ母に写真を撮られた。10枚くらい写真を撮ったがさくらは全部同じポーズだった。

「じゃあ、母さん昼から仕事だから先帰ってるね。今日終わったら何かクラス会とかあるの?あるなら連絡ちょうだいね、終わる頃に迎えにいくから。」

その言葉にさくらは驚いた。母がクラス会に行くことを許してくれるなんて思ってもいなかった。

「お母さんちょっと待って。」

帰ろうとする母をさくらは引き止めた。

「一緒に写真撮ろ。」

さくらはスマホを見せながら振り返る母に言うその小さな声は確かに母に届いていた。

さくらの母は目に涙を溜めながらさくらと一緒に写真を撮った。

「さくら、ありがとう。」

もうさくらの母の目からは涙が流れていた。

「私もだよ、お母さん。」

そう言うさくらの目には涙が浮かんでいた。

この写真は一枚目だった。さくらのスマホの写真フォルダに初めて母との写真が記憶された。

他の人からはやや強引に見えるさくらの母がさくらから離れると、すぐさくらと写真を撮るための長蛇の列が出来上がった。そして最初に写真を撮った男子がなぜか会場スタッフかの様な役割を始めた。

その写真会は十数分行われた。

列に並んだ人全員と撮り終えるとさくらはそのスタッフみたいな男子にお辞儀をして走って準備室に戻っていった。

準備室には制服に着替え終わった賀喜だけがさくらの帰りを待っていた。

息を切らしたさくらが準備室のドアを開ける。

賀喜は椅子から立ち上がり歩いてドアに向かう。

「さくちゃんおかえり、写真撮影大変だったね。」

そう言って賀喜はさくらに手を伸ばした。

「ただいま。」

そう言ってさくらは賀喜の手を取った。

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