石造りの小さな家の中、粗い亜麻布のカーテンから朝の光が差し込んでいた。高緯度の地では夏でも朝は肌寒く、灰色の石床は夜の冷気を残している。ベッドに横たわるさとみは、毛織りの毛布に包まれたまま、鳥のさえずりを遠くに聞きながら、重たいまぶたをゆっくりと開いた。
村の朝は静かだった。石畳の道に霧が残り、窓の外では尖塔のある教会の鐘が、小さく一つだけ鳴った。教会の裏手にある森は今日も濃い靄に包まれ、誰もその中に入ろうとしない。
もぞもぞとベッドの中で寝返りを打っていると、突然、木の扉が軋む音がして、さとみは驚いて上体を起こした。
次の瞬間、ベッドに勢いよく飛び乗ってきた影があった。
ころんだった。無垢な笑顔と細い体。白い肌に、水色の髪が揺れる。ころんはさとみに抱きつき、早く起きて、と催促した。
さとみは思わず微笑んだ。朝から元気だな、と思いながら、ころんの柔らかな髪に触れた。ころんの体温が、意識を現実へと引き戻していく。
朝食の時間になると、二人は丸太の机に向かい合って腰を下ろした。窓辺には干されたハーブの束が揺れ、壁には十字架と古びた木彫りの聖人像が掛けられている。家は、元々はこの地の修道士が建てたものだったという。
ころんが言う。スプーンを手に、いたずらっぽく口を開けて待っていた。
男の子だとわかってはいるが、ころんの中性的な顔立ちに、さとみはつい照れくさくなってしまう。
顔を逸らしながら、スプーンを差し出すと、ころんは嬉しそうにぱくっと口を開けた。
食後、さとみは仕事に出かける準備を始める。革のカバンを手に玄関へ向かうと、ころんはお決まりの儀式のように、オオカミのぬいぐるみの手を取って振りながら、
と見送った。
ころんはその後、教会へ向かう。教会は村の中心にそびえ立ち、白い漆喰の壁に尖ったアーチ窓、灰色の屋根と高い鐘楼が、空に向かって突き刺さるように建っていた。ころんはその日も、ぬいぐるみを小脇に抱えながら、石畳を歩いていった。
教会では子供たちのための学び舎が開かれていた。ころんはかつては家庭教師をつけられていたが、ある事情でそれはやめになり、今はここで他の子供たちと一緒に勉強している。
ころんは年齢の割にずば抜けて聡く、授業内容にはすぐに飽きてしまった。それでも子供たちとの遊びには楽しげに混ざり、男の子だけでなく、女の子たちとお人形遊びをすることもあった。
その日の夕方、さとみが家に戻ると、ころんはすでに帰っていた。さとみがキッチンで夕食の支度をしている間、ころんは自室で、ぬいぐるみに向かって話しかけていた。
ぬいぐるみが喋るわけないので、ころんは一方的にオオカミのぬいぐるみに語りかけていた。
夕食を作り終わり、さとみはころんを呼ぶために、階段を上がった。部屋の扉の前で立ち止まったさとみは、小さく首を傾げた。ころんは、時々こうして、ぬいぐるみに独り言を話しかけている。それを咎めるつもりはない__けれど、どこか、胸の奥にひっかかるものがあった。
さとみは、ころんのことが少し心配だった。同年代と比べてころんは賢かったが、少し幼い言動や行動が目立つアンバランスな子だった。耳を澄まして、会話の内容をさとみは盗み聞きしてみた。
その言葉に、さとみは思わず扉を勢いよく開けた。
幼い話し方だったが、内容は全く可愛くなかった。
ころんはクスクスと笑いながら誤魔化す。さとみはなんだか腑に落ちなかった。
夕食後、ころんは再び甘えた声で誘ってくる。
12歳にもなって、一緒にお風呂に入ることを誘ってくる子はなかなかいない。しかも血の繋がっていないさとみに。いつまで誘ってくれるのかわからないし、さとみは内心とても嬉しかった。
石造りの浴室には薪の火で温められた木桶の湯が張られ、湯気がこもっている。ぬいぐるみも一緒に持ってきたが、さすがに風呂には連れて入ることはなく、脱衣所に置かれた。
さとみはころんの髪を洗い、その濡れた柔らかい髪がぴたりと首に張り付いていく様を、無意識に見つめていた。
そう言って自分の身体を洗おうとすると、ころんがふいに振り向いて、さとみの体に手を伸ばしてきた。
初めは膝あたりにころんの手が置かれたが、太腿に移り、さらに上へと進もうとしたので、さとみは慌ててその手を掴んだ。
湯船に浸かるころんは、少し拗ねたように唇を尖らせていた。
夜、寝る時間になると、またころんが甘えてきた。
ころんはなんの躊躇いもなくベッドに潜り込み、さとみに抱きついて胸あたりに顔をうずめてくる。
その距離感に、さとみの胸が少しだけざわついた。ころんの声は甘えた子供のようでいて、どこか掴みきれないものがある。
もう何度も繰り返された光景だったが、今日のころんは、やけに距離が近い気がした。さとみは少し緊張していた。
さとみは、こんなにも甘えたになっていることに違和感を覚えた。
ぽつりと呟いたその言葉に、さとみは目を見開いた。
尋ねかけたさとみに、ころんはいたずらっぽく笑って、くるりと背を向けた。
その声はいつものように明るく、無邪気で、どこか演技めいていた。会話の幕を無理やり下ろされたような感覚に、さとみは唇を閉じるしかなかった。
二人の間にしばらくの沈黙が続いたが、ころんがすやすやと寝息を立てる音が聞こえたので、さとみも諦めて、寝ることにした。
さとみはそっと手を伸ばし、ころんの頬に触れた。すべすべとしたその肌は、子供らしくも、どこか儚い温度を宿している。
瞼を閉じると、さとみの意識はゆるやかに眠りへと沈んでいった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。