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第2話

日常
71
2025/05/11 09:17 更新
なんでも許せる方のみ。











さとみ
ん…
 石造りの小さな家の中、粗い亜麻布のカーテンから朝の光が差し込んでいた。高緯度の地では夏でも朝は肌寒く、灰色の石床は夜の冷気を残している。ベッドに横たわるさとみは、毛織りの毛布に包まれたまま、鳥のさえずりを遠くに聞きながら、重たいまぶたをゆっくりと開いた。
 村の朝は静かだった。石畳の道に霧が残り、窓の外では尖塔のある教会の鐘が、小さく一つだけ鳴った。教会の裏手にある森は今日も濃い靄に包まれ、誰もその中に入ろうとしない。
もぞもぞとベッドの中で寝返りを打っていると、突然、木の扉が軋む音がして、さとみは驚いて上体を起こした。

次の瞬間、ベッドに勢いよく飛び乗ってきた影があった。
ころん
さとみくん!おはよっ!
ころんだった。無垢な笑顔と細い体。白い肌に、水色の髪が揺れる。ころんはさとみに抱きつき、早く起きて、と催促した。
さとみは思わず微笑んだ。朝から元気だな、と思いながら、ころんの柔らかな髪に触れた。ころんの体温が、意識を現実へと引き戻していく。
 朝食の時間になると、二人は丸太の机に向かい合って腰を下ろした。窓辺には干されたハーブの束が揺れ、壁には十字架と古びた木彫りの聖人像が掛けられている。家は、元々はこの地の修道士が建てたものだったという。
ころん
ねえ、あーんして?
ころんが言う。スプーンを手に、いたずらっぽく口を開けて待っていた。
 男の子だとわかってはいるが、ころんの中性的な顔立ちに、さとみはつい照れくさくなってしまう。
さとみ
……ほら
顔を逸らしながら、スプーンを差し出すと、ころんは嬉しそうにぱくっと口を開けた。



 食後、さとみは仕事に出かける準備を始める。革のカバンを手に玄関へ向かうと、ころんはお決まりの儀式のように、オオカミのぬいぐるみの手を取って振りながら、
ころん
行ってらっしゃい!
と見送った。



ころんはその後、教会へ向かう。教会は村の中心にそびえ立ち、白い漆喰の壁に尖ったアーチ窓、灰色の屋根と高い鐘楼が、空に向かって突き刺さるように建っていた。ころんはその日も、ぬいぐるみを小脇に抱えながら、石畳を歩いていった。
教会では子供たちのための学び舎が開かれていた。ころんはかつては家庭教師をつけられていたが、ある事情でそれはやめになり、今はここで他の子供たちと一緒に勉強している。
教師
それじゃあ、ここの問題をころんくんに解いてもらおうかな。
ころん
えっと、254です。
ころんは年齢の割にずば抜けて聡く、授業内容にはすぐに飽きてしまった。それでも子供たちとの遊びには楽しげに混ざり、男の子だけでなく、女の子たちとお人形遊びをすることもあった。
その日の夕方、さとみが家に戻ると、ころんはすでに帰っていた。さとみがキッチンで夕食の支度をしている間、ころんは自室で、ぬいぐるみに向かって話しかけていた。
ころん
オオカミさん、今日も学校つまんなかったね。平和って感じ。それがいいのかな?
ぬいぐるみが喋るわけないので、ころんは一方的にオオカミのぬいぐるみに語りかけていた。

夕食を作り終わり、さとみはころんを呼ぶために、階段を上がった。部屋の扉の前で立ち止まったさとみは、小さく首を傾げた。ころんは、時々こうして、ぬいぐるみに独り言を話しかけている。それを咎めるつもりはない__けれど、どこか、胸の奥にひっかかるものがあった。
さとみは、ころんのことが少し心配だった。同年代と比べてころんは賢かったが、少し幼い言動や行動が目立つアンバランスな子だった。耳を澄まして、会話の内容をさとみは盗み聞きしてみた。
ころん
今日ね、さとみくんに、あーんしてってお願いしたらめっちゃ照れてたんだよ!ふふっ、ちょっと童貞すぎるよね〜
その言葉に、さとみは思わず扉を勢いよく開けた。
さとみ
おい!聞こえてるからな!誰が童貞だよ!
幼い話し方だったが、内容は全く可愛くなかった。
ころん
うわ、びっくりした!だ、だって、反応が童貞すぎるんだもん!もしかしてさとみくんってショタコン?やばっ、
さとみ
おまっ、人のこと煽りやがって!ていうかなんでそんな言葉知ってるんだよ。
ころん
えー?
ころんはクスクスと笑いながら誤魔化す。さとみはなんだか腑に落ちなかった。



夕食後、ころんは再び甘えた声で誘ってくる。
ころん
おふろ一緒に入ろ!体洗って?
さとみ
ああ、いいよ。
12歳にもなって、一緒にお風呂に入ることを誘ってくる子はなかなかいない。しかも血の繋がっていないさとみに。いつまで誘ってくれるのかわからないし、さとみは内心とても嬉しかった。






石造りの浴室には薪の火で温められた木桶の湯が張られ、湯気がこもっている。ぬいぐるみも一緒に持ってきたが、さすがに風呂には連れて入ることはなく、脱衣所に置かれた。
 さとみはころんの髪を洗い、その濡れた柔らかい髪がぴたりと首に張り付いていく様を、無意識に見つめていた。
さとみ
体は自分でやって
そう言って自分の身体を洗おうとすると、ころんがふいに振り向いて、さとみの体に手を伸ばしてきた。
さとみ
ころん!?な、なに?
ころん
ん?洗ってあげる
初めは膝あたりにころんの手が置かれたが、太腿に移り、さらに上へと進もうとしたので、さとみは慌ててその手を掴んだ。
さとみ
自分で出来るから!ほら、ころんは泡流して。
湯船に浸かるころんは、少し拗ねたように唇を尖らせていた。



夜、寝る時間になると、またころんが甘えてきた。
ころん
一緒に寝よ?
ころんはなんの躊躇いもなくベッドに潜り込み、さとみに抱きついて胸あたりに顔をうずめてくる。
ころん
さとみくん大好き、
その距離感に、さとみの胸が少しだけざわついた。ころんの声は甘えた子供のようでいて、どこか掴みきれないものがある。
さとみ
ころん、暑いって、
 もう何度も繰り返された光景だったが、今日のころんは、やけに距離が近い気がした。さとみは少し緊張していた。
ころん
…好きだもん、僕のこと好き?
さとみは、こんなにも甘えたになっていることに違和感を覚えた。
さとみ
…好きだけど。なんか今日、近くない?
ころん
ふふ。ねえ、さとみくん。さとみくんは、ほんとに“最初の”さとみくんなのかな……?
ぽつりと呟いたその言葉に、さとみは目を見開いた。
さとみ
……え? それ、どういう__
尋ねかけたさとみに、ころんはいたずらっぽく笑って、くるりと背を向けた。
ころん
おやすみ!
その声はいつものように明るく、無邪気で、どこか演技めいていた。会話の幕を無理やり下ろされたような感覚に、さとみは唇を閉じるしかなかった。
二人の間にしばらくの沈黙が続いたが、ころんがすやすやと寝息を立てる音が聞こえたので、さとみも諦めて、寝ることにした。
さとみはそっと手を伸ばし、ころんの頬に触れた。すべすべとしたその肌は、子供らしくも、どこか儚い温度を宿している。
さとみ
……おやすみ、ころん
瞼を閉じると、さとみの意識はゆるやかに眠りへと沈んでいった。







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