第9話

海辺
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2026/03/30 22:13 更新
 偶々見つけたキッチンカーで鏡花がクレープを、私が珈琲を買い、それを海辺のベンチでそれぞれ口に運んでいた。

 波の寄せる音に混ざって、時折幸せを纏った声が聞こえるような、そんな中でこれといった会話もなく、だ。

 私の珈琲が残り一口になった頃、流石に何か会話をすべきかと口を開きかけたその時、一瞬早く鏡花が音を連ねた。
泉鏡花
あなたは、誰かを助けたいと思ったことはある?
 小さな口から紡ぎ出された音は、あまりにも突拍子がないように思えたが、きっと何かを思ってのことだろうと言葉を紡ぎ返す。
あなた
在るさ、そんな事の一つや二つ
 優しい彼が逝ってしまった時は、私が代わりに死んで彼が助かるのならそれでいいとも思った。

 職人と言えた私の師が、

 暗殺の術を教えてくれた彼が、

 何時でも馬鹿みたいに明るかった彼が、

 医療の術を教えてくれた彼が、

 交渉というものを一つ一つ教えてくれた彼が、

 もう一度立ち上がって笑ってくれるのならば、この命は惜しくないとさえ思った。

 それも、結局叶わなかった。

 私だけが生き残り、彼等は過去という棺桶に入れられ存在そのものが隠れ数字という共同墓地に葬られ冷たい記録の一欠片になり、そして誰もが忘れてしまった。
あなた
…結局、思ってただけで誰も救えなかったけれどね
泉鏡花
じゃあ、助けられる処に……
ううん、武装探偵社に入らない?
あなたは優しいし、強いから、きっとすぐに認められる。
 はっきりとした声が鼓膜を揺らし、酷く澄んだ一組の蒼が私の瞳を貫く。

 その声には希望が、その瞳には光が宿り、私とは違う世界を歩いている事実を突きつけた。

 その光が、希望が堪らなく痛かった。

 それでも、鏡花が挫けずにその花を咲かせようとしているのを邪魔したくなくて、曖昧な言葉が紡がれた。
あなた
…どうだろうな。私は…鏡花みたいに優しくないから
泉鏡花
ッそんなことッ
あなた
そろそろ時間だ。戻ろうか
 「そんなこと」。その先の鏡花の言葉を遮り、珈琲を飲み干して立ち上がった。

 どうにか続きの言葉を聞かせようとするのは判らないフリをして、笑いかけた。

 引き攣っているような、うまく笑えていないような感じがしたけれど、その感覚の全てを無視して歩き出した。

 続きを聴いてしまったら、きっと期待してしまうから。

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