ネズミ色のトンビに身をつつんだ、小がらの左門老人が、長い坂道をチョコチョコと走らんばかりにして、富士屋旅館についたのは、もう午後一時ごろでした。
とたずねますと、裏の谷川へ魚釣りに出かけられましたとの答え。そこで、女中を案内にたのんで、またテクテクと、谷川へおりていかなければなりませんでした。
クマザサなどのしげった、あぶない道を通って、深い谷間におりると、美しい水がせせらぎの音をたてて流れていました。
流れのところどころに、飛び石のように、大きな岩が頭を出しています。そのいちばん大きな平らな岩の上に、どてら姿のひとりの男が、背をまるくして、たれた釣りざおの先をじっと見つめています。
女中が先にたって、岩の上をピョイピョイととびながら、その男のそばへ近づいていきました。
その声に、どてら姿の男は、うるさそうにこちらをふりむいて、
としかりつけました。
モジャモジャにみだれた頭髪、するどい目、どちらかといえば青白い引きしまった顔、高い鼻、ひげはなくて、キッと力のこもったくちびる、写真で見おぼえのある明智名探偵にちがいありません。
左門老人は名刺をさしだしながら、
と、小腰をかがめました。
すると明智探偵は、名刺を受けとることは受けとりましたが、よく見もしないで、さもめんどうくさそうに、
といいながら、また釣りざおの先へ気をとられています。
老人は女中に先へ帰るようにいいつけて、そのうしろ姿を見おくってから、
と、ふところから例の、二十面相の予告状をとりだして、釣りざおばかり見ている探偵の顔の前へ、つきだしました。
明智はあくまでぶあいそうです。
左門老人は、少々むかっ腹をたてて、するどくいいはなちました。
名探偵はいっこうおどろくようすもなく、あいかわらず釣りざおの先を見つめているのです。
そこで、老人はしかたなく、怪盗の予告状を、自分で読みあげ、日下部家の「お城」にどのような宝物が秘蔵されているかを、くわしく物語りました。
明智はやっと興味をひかれたらしく、老人のほうへ向きなおりました。
左門老人は、手をあわさんばかりにして、かきくどくのです。
明智の口調は、にわかに熱をおびてきました。もう釣りざおなんか見向きもしないのです。
老人は胸をなでおろしながら、くりかえしくりかえし、お礼をいうのでした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。