20XX年 貧民街の路地裏にて。
俺は生まれたときからずっと、貧民街で歳の離れた姉さんと暮らしてた。
正直、街中への憧れもあったし、いわゆる【一般人】達が俺達を見るたびに蔑む様な目で見てくるのも辛かった。
でも姉さんは、病弱だった俺を育てるために一生懸命に出稼ぎに行って、必死で俺を育ててくれた。
姉さんがいてくれたから俺は18まで生きることが出来たんだ。
感謝してもしたりない。
これからは俺も今までの倍以上働いて、姉さんを助けてやらないと。
「18歳の誕生日おめでとう。」
あの日の姉さんの顔を俺は忘れない。少ない貯金を叩いて俺のためにケーキを買ってきてくれた姉さんを、大きく育った俺を見て泣いた姉さんを、忘れない。
これからもずっと姉さんと一緒にいるつもりだった。
ずっと
ずっと
二人で生きていこうって。
俺の人生の転機は突然現れた。
18歳の誕生日を迎えてから三日後の朝。いつもどおり起きた俺は、姉さんの姿を見つけることが出来なかった。
姉さんに限って、黙って出稼ぎに行くなんてあり得ない。
姉さんはどこに行くときでも必ず置き手紙をしてくれた。
・・・予想通り、壊れかかったベッドの上には姉さんが書いたであろう手紙が置いてあった。
俺の唯一の自慢は貧民街に生まれながらも読み書きが出来ること。
小さい頃から姉さんが親身になって教えてくれたから。
【突然いなくなるような真似してごめん。こうでもしないと引き留められる気がしたからさ。
18歳の誕生日おめでとう。あんたは私の自慢の弟だよ。
あんたには黙ってたけど、あたしね、新しい働き口を見つけたんだ。それも高収入でね。
場所はあんたに教えることはできない。お金は送る。
これから会えるか分からないけど、あたしはあんたの幸せだけを願ってる。】
頭が働かなかった。
新しい働き口?そんなの俺は聞いてない。
手紙には、涙の跡のような染みがいくつも残っていた。
俺を養うためだけに姉さんは自分の人生を棒に振ったのか?
俺は金なんて必要ない。
姉さんが側にいてくれればそれで・・・
いてもたってもいられなくてボロ家を飛び出した。
いつも行ってたスクラップ置き場。
仲間達との集会場。
・・・いない。
姉さんはどこにもいなかった。
気づけば太陽はすっかり傾いて、斜陽が頬を照らした。
汗と涙でぐちゃぐちゃになりながら、半狂乱で家にたどり着いた。
姉さん、どこにいるんだよ。
もう一度、姉さんの手紙を読もうとベッドに近づくと、
見慣れない便箋が置いてあった。
真っ黒な便箋は丁寧に封をしてあって、差出人の名など書いていなかった。
恐怖を感じた筈なのに、俺は勢いよく封を開けた。
【幸運な貴方へ
貴方はCLUB PASSION に選ばれた。
その不安定な心と、ほんの僅かなポケットマネーを持って、
貧民街を駆け抜けて、ここまでいらっしゃいませ。
決して振り向かず、犠牲をかえりみず、ここまで走ってくださいませ。】
意味が分からない。
難しい漢字ばかり・・・
何も考えたくなかったが、便箋を手にふらふら外に出た。
遠くに見える街のネオンが、今日はやけに眩しかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!