大河は新と奏の母親達からのサポートと、恋人、友人たち、何より家族の協力を得て、M大医学部への進学を果たした。
最高峰と謳われる国立大学は受験せず、施設や教授達でM大を選んだ。
4回生になり本格的な専門教育が始まった。
始まったばかりだと言うのに、座学がメインだった3回生までと比べて忙しさは半端ない。
が、受験時に経験した学習の進め方で今の所、乗り切れていた。
新達もこの夏に英国の大学を卒業する。
まだまだ、ひよっこの新だが、大学で得た知識を活かせと、新の兄が立ち上げた規模の小さい製薬会社を任せられる事になった。
相変わらずの無茶を発揮する兄に「大河くんとの時間が少なくなるから、ヤダ!」という断り方をしたが、聞き入れて貰えるはずもく、代表取締役社長に着任予定で動かされていた。
新の第一秘書兼副社長の奏。
3月に卒業したばかりの横原が第二秘書として新と奏をサポートして会社を盛り上げて行くことになるが、しばらく本社ビル内の秘書室勤務になる。
「お手なみを拝見」
と言って高みの見物に入る兄を、家ですれ違う度に睨む新だった。
ある日、本社ビルに呼び出された新は、裏口から入り勝手知ったるで役員室へ向かう。
役員室に居た兄に対し、子供のように舌を出してツンと顔を背けた。
そんな新の頭を笑いながら撫でる。
今日は上司ではなく兄として弟と接している。
だから新と奏の服装もプライベートである私服だった。
「こらこら、人の上に立つ人間の態度じゃないぞ」
「俺にそんな器量ないし!しかも好きでやるんじゃないもん」
いくつになっても、すぐ拗ねる弟に笑顔を向けると、ソファに座るよう勧めた。
奏は給湯室に向かいコーヒーを用意をする。
「ありがとう、奏」兄は新と同じ笑顔でお礼を言った。
「最初に一つだけ仕事の話させてね」
あらかさまに嫌な顔をした新に小さく笑ったあと
「新会社のサポートとして奏の母親を常務取締役として話をつけたよ」
「え?母?」
と驚く奏。
「だって医学博士だし薬学にも通じる人だろ?研究員達の上司にはもってこい。放っておく理由がない。それを先に伝えたくてね」
詳しくはまた今度ね、と言って1枚の紙を二人の前に置いた。
住所と電話番号と施設の写真が写っているだけの用紙だ。
「ここで薬学の勉強をしてきて。ちょうど来週から授業が始まるから、今から見学に行っておいで。もう少ししたら迎えが来るし」
そう言ってニコリと笑う。
新と奏は意味が分からず顔を見合わせた。
M大前で車から降りた新と奏、そして本社ビルまで迎えに来てくれた奏の母。
「母さん、何なのいったい」
奏が母親を見て答えを乞う。
「来週から、ここで薬学の勉強をするんでしょ?」
「さっき、そう言われたけど」
「そのまま、その通りよ。あなた達製薬会社の人間だから薬学をかじりなさい、て事」
奏の母と大河の姉のツテを使い、特別枠でねじ込まれたようだった。
すでに大卒資格がある為、あと2年で薬剤師の資格を取れ、と言う事だった。
「そんな、無茶苦茶な….母さん、しかも俺たち文系よ?」
「何言ってるの。私が居るでしょ」
「あらち、理系、特に数学、壊滅的よ?」
「………責任持てないけど頑張るわ」
「なに、その間」
松井親子の会話を聞き流し、兄の相変わらずの無茶振りに呆れて何も言えない新だった。
「兄貴としばらく口きかない」
「あら、やだ。新くん、そんな事言っていいのかしら?」
「どういう….事?」
ふふっと、笑うだけの奏の母親だった。
係員に許可を得て校内に入っていく。
卒業生でもあるため知っていて不思議ではないが、奏の母親の母校など初耳の新は驚くことばかりだった。
キョロキョロ周りを見ながら奏の母親に付いていくと、
見覚えのある綺麗な横顔が視界に入り、足を止めた。
研究室にいる白衣を着た大河を見つけたのだ。
新の腕を引っ張った奏の母親は「今、授業中だからあとでね」と苦笑いをした。
事務室で一通りの説明を受け学生証を発行してもらうと、この学生証一枚で授業の出席記録、校内のショップや自動販売機での買い物までできてしまう便利な物だ。
が、無くすと厄介なものでもある。
なので、カリキュラムも同じ奏が持つ事になった。
先ほどまでとは打って変わって笑顔なのは新。
大河が居るからである。
分かりやすい新に松井親子は苦笑いである。
「あの新くんを手懐けるなんて、大河くんすごいわね」
「前に猛獣使いになった気分、とか言ってたわ」
「ふふ、あと2年、学生を楽しみなさい」
「ねっ、奏ママ!大河くんに連絡入れてもいい?」
「授業終わったらみてくれるかもね。昼食待ってましょうか」
満面の笑みでM大に居ることを伝えるのだった。
授業が終わり待ち合わせ場所に大河が現れた。
軽く手を挙げて新達の待つテーブルに荷物を起き椅子に座った。
「こんにちは、先生」
大河は気がつくと奏の母親の事を“先生”と呼んでいた。
「こんにちは大河くん、実習たいへんでしょう」
「そうですね、来年からは臨床実習と国家試験対策をしたいので出来る実習は今のうちに済ませたくて」
そう言って新と奏を見た。
「二人とも月曜日から、ここで勉強でしょ?英国で終わらせたばかりなのにエライね」
「がちゃん、知ってたのなら前もって教えてくれたらよかったのに」
不満気に奏は言った。
「たまには驚かされるのもいいでしょ」
そう言って柔らかく笑う。
「さて、久々にここのランチ頂こうかしらね」
大河は午後からも講義がある為、時間ギリギリまで新達に付き合ってくれたあと席を立った。
新も「トイレいってくる」と一緒に立ち上がる。
並び歩きながら大河は問う。
「新、大人しいね、どうしたの?」
「女の人、大河くん見るから睨んでた」
はははっ、と声を出して笑う大河は機嫌の悪い新の頭をポンポンと叩いた。
「大丈夫だよ、そんな心配しなくても」
優しい笑顔を見せてランチルームを後にした大河だった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!