第35話

ほんの少しの期待
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2018/04/08 12:47
 もう少しだけ。そんな私の儚い想いを目の前の彼がことごとく砕いて見せた。
大貴先輩
大貴先輩
………あんな事しといて言う俺も俺だけど、でもやっぱり駄目だよ
あなた

………ヘッ

 先輩の服の袖を掴んだ私の手が彼によって呆気なく解かれてしまった。

 行く先を無くした私の腕は、儚く地面へと崩れ落ちた。ぼう然と先輩が私の求めていた本を取ってくれるのをただただ座り込んで待つしかできなかった。


 あれ、私………何してるんだろう。
大貴先輩
大貴先輩
はい、どうぞ
あなた

あ………ッ、ありがとう……ございます

大貴先輩
大貴先輩
うん、どういたしまして
 手を差し伸べてくれるかな、なんて微かに期待を抱いてみたが、そんな私の期待は意図も簡単に断ち切られてしまう。

 先輩はそっと私の肩に手を置き、「じゃあそれカウンターに持ってきてね」と告げると、淡々とした足取りでカウンターへと戻って行った。私を一人置いて。
あなた

………ッ

 涙で視界が滲むのが分かった。

 好きという気持ちの拠り所を無くした涙が、一粒一粒本の表紙へと落ちていく。どうして、もう……分からないよ。


 こうやって私の想いを突き放すなら、なぜキスなんてしたんですか。心が痛々しくそう叫んでいるようだった。
あなた

………借りてきます

大貴先輩
大貴先輩
名前は………佐藤さんので書いとくね
 先輩から“佐藤さん”と苗字で呼ばれるのは一体何時ぶりだろうか。どこか気まずそうに名前を呟いた彼に、思わず矢を打たれたような衝撃が走った。


 ―――いつも通り“あなたちゃん”とは呼んでくれないんですね。
 なんてそんな事口に出来るはずも無く、私の瞼には再び涙が滲み出した。
大貴先輩
大貴先輩
はい、期限は守ってね
あなた

…………はい

 図書室を後にする際、確かに先輩は私の背中にこう呼びかけた。
大貴先輩
大貴先輩
あなたちゃん………


ごめんね
 先輩が口にしたその「ごめんね」という言葉は一体何に対してのものだったのか。それを考える余裕は今の私には持ち合わせていなかった。

 ………私は逃げるように彼の言葉を無視し、図書室を後にした。

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