第55話

鈍感ー大貴sideー
1,209
2018/05/17 11:47
 それは祭りの日の一週間前の出来事だった。俺はいつも通り貴重な夏休みを寝て過ごしていた。

 他の友達は皆、進路やら補習やらに追われているらしく(補習は俺も同じだが)、一週間後に控えているという隣町の祭りに連れて行く友達が誰も居ずに困っていた俺は、ふとあの子の事を思い浮かべていた。

大貴先輩
大貴先輩
………あなたちゃん暇かなぁ
 あの町は確か、あなたちゃんも住んでいる地域なため彼女も予定が無ければ誰かと行くに違いない。

 誰かに誘われる前に俺の暇潰しに付き合ってもらおうか、そんな事を考えていた最中、俺のLINEに一通のメッセージが届いた。
大貴先輩
大貴先輩
―――え、カナ?
 液晶画面に表示されているメッセージには「祭り一緒に行かない? どうせ暇でしょ」とだけ書かれていた。昔付き合っていたと言うだけあってか、俺が完全に暇を持て余しているのを察知したらしかった。
大貴先輩
大貴先輩
(ああ、でもあなたちゃん………)


 仕方ねぇなぁ、と返信しようと画面に指を滑らせていた俺はふと彼女の存在を思い出し指を止めた。


 どこか子猫のような可愛らしい仕草を見せる彼女と居ると、自然と心が浄化されていくような気持ちに駆られる。特に疲れてはいないが、何となくそんな彼女に癒されたい気持ちもどこかにあった。

 が、次の瞬間に彼女がよく一緒にいる幼なじみ2人を思い出し渋々諦める事にした。


大貴先輩
大貴先輩
あの子と行きたかった気もするけど仕方ねぇ!


 元カノのLINEにただ一言、「いいよ」とだけ書き送信した。

 久々に2人で会うので、緊張でもしているのだろうか? 胸がチクチクと痛みを発した。

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カナ先輩
カナ先輩
何食べる〜?
大貴先輩
大貴先輩
………え、ああ……どうしよっか
 ………駄目だ、上手く話せない。

 緊張なのか、それとも別の原因があるのだろうか。胸がバクバクと激しく音を立てる。辺りにはかき氷やりんご飴などの様々な屋台が並び、人で賑わいを見せているが、何やら俺はそんな場合ですらなかった。


 どうにもあなたちゃんの存在を気にしてしまう俺は、彼女に何か悪い事でもしてしまっただろうか? イマイチ自分の思考と記憶に自信が持てずにいた。そんな最中、カナが俺の肩を叩き「かき氷食べない?」と指をさした。
大貴先輩
大貴先輩
お、おうそうだな!
カナ先輩
カナ先輩
………
 あまりにもわざとらしい返答に苛立ちを覚えたのか、一瞬だがカナの表情が渋くなったように感じた。が、敢えて気にすることなく彼女に手を引かれかき氷の店の前へと立った。


 何やら聞き覚えのある声が俺の耳を貫く。不思議に思った俺はふと声のする前方へと視線を移した。



 そこにいたのは、隣のクラスの高木と………あなたちゃん達だった。







あなた

先輩………ッ!?

大貴先輩
大貴先輩
あなたちゃん………!
 俺を見た途端、あなたちゃんの顔が一気に青ざめていくのが分かった。どうしてかは分からないが、やはり俺は彼女に何か悪事を働いてしまったらしかった。


 特に身に覚えはないが、とにかく謝ろうと精一杯頭を働かせた。が、もちろん彼女が逃げ出す方がずっと早かった。

 とっさに彼女の名前を叫んだが、あなたちゃんは止まることなくどこかへと逃げ去って行った。





大貴先輩
大貴先輩
悪い、カナ………! 俺……ッ
カナ先輩
カナ先輩
………! やだ行かないで……ッ!
 彼女とその幼なじみの背中を追いかけようとしたが、カナの腕によって遮られてしまった。振りほどこうにも、彼女の悲しげな表情を見せられてはそんな事できるはずが無かった。

大貴先輩
大貴先輩
お願い、すぐ戻ってくるから
カナ先輩
カナ先輩
やだ、やだよ………! 大貴、あの子の所に行かないで………私と一緒に居てよ


 こうして駄々を捏ねる彼女を初めて目にしたかも知れない。胸が締め付けられるような痛みを発したが、今は彼女よりも走り去ったあの子の方が心配だった。



大貴先輩
大貴先輩
ごめん、でも―――
カナ先輩
カナ先輩
じゃあこれだけは聞かせて………!
大貴は………ッあの子が好きなの?
 


 彼女の問いかけに思わず目を丸くした。自分でもそんなの考えた事が無かったからだ。

 まるですがり付くような険しい表情で答えを求める彼女を無視はできず、俺は渋々喉に溜まった言葉を叫んだ。







大貴先輩
大貴先輩
好き………なんだと思う
 次の瞬間、全身から力が抜けていくかのように彼女はその場に崩れ落ちた。ふと高木と目が合ったが、彼は「大丈夫だ」と言わんばかりに頷いたため、彼に任せあなたちゃんを追いかける事にした―――。

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 河川敷の下から聞こえる男女の声。恐る恐る近づくと、そこには先程の幼なじみとあなたちゃんの姿があった。

 思わず声をかけようと喉を絞ったが、彼の思わぬ言葉に声は一気に胃の奥へ押し戻されていった。
圭人
圭人
ずっと好きだった。あなたの事が………
あなた

………えっ

 俺なんかよりもずっと大人な彼に、勝ち目など一ミリも感じなかった。ああ、そうか……あなたちゃんは彼のようなタイプが好みなのだろう。


 だから今日だって――――。




 踵を返し、とぼとぼと屋台の方へと引き戻る。
 なぜこんなにも胸が苦しいのだろう。

 あの子の“返事”が気になって仕方ない。なぜ俺はあの子が振ってくれる事を望んでいるのだろうか。
 自分で自分の気持ちが理解できないまま、残りの夏休みをぼんやりと過ごす事になった。


 家の外で鳴くセミが、「馬鹿だな」と俺を嘲笑っているようだった。

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