なつのメッセージが来てから、数十分
俺らは全力で走りながらなつの家に向かっていた
ここで、初めて気がついた事実
秘密基地となつの家は、遠いということ
俺の家も、秘密基地から徒歩二十分かかるけれども
なつの家も、それぐらい時間がかかる
しかも、俺の家と反対方向に
その距離、つまり徒歩三十分以上ほどかかる距離を
なつは、らんが秘密基地で寝てしまった時に
合鍵を渡すときにすぐ来てくれたことになる
しかも、その後二十分かかる距離で、
すちのところまで行った
なつは体力が絶望的にない
もしかしたら、近道があるかもしれないけれど
俺らがそんなのを知るはずもなく
俺らの知る最短距離をひたすらに走る
なつの声に応じる為に____
ふと、思った
これは、廻り廻るものなのではないか、と
俺が、みことに助けてもらって
あれからお互い支え合っている
前、なつに合鍵を託して、
今は、そんななつを助けに行く
廻るセカイのイデアは、
「助ける」なのかもしれない
それに気がつけば、更にスピードが上がる
助けたい、という気持ちが強くなる
なつを助けて、そしたら____
今、俺らの所為で捕まってしまった、
優しすぎるあの人のことを思い出す
あの人は今、どうしてるのだろう
枯れる太陽が創り出した炎天下の中、
俺ら三人は全力でなつの家に向かっていった
「あなたは有名になるの」
「だから、その為にはなんでもするの」
「だから、もう嘘だけで生きるの」
脳内で響く幻聴が、煩かった
それに反射で答えてしまう自分が怖かった
頭が、可笑しくなりそうだった
全てが、狂ってしまいそうだった
俺が壊されて、『陽舞那津』の仮面だけが、残る
それが、望まれている気がした
俺は、こんな素直じゃないし
俺は、こんないい子でもないし
俺は、俺は……
きっと、最も汚い生きモノ
耐えられないと思って、初めてSOSを送った
親の目を盗んで送ったメッセージ
あれがバレて、スマホが壊された
両手両足を縛られて固定された
そこからは言うまでもなく、躾を受けた
冷房なんかがついてないこの部屋で
ひたすらに暴力を受けた
吐瀉物に塗れて、
呼吸も、ままならなくて
熱い部屋に反して、体は冷えきって
もう、考えるだけ無駄だった
異常に温度が高い部屋で、陽炎が揺らいだ
目を閉じて、全て終わらせようと思った
今までの、幸せな日々も、全部____
どうせ、記憶も感情もなくしたんだから
また、なくしても何も変わらない____
その時、
人の声が、聞こえた気がした
何か、あたたかいものに包まれた
その声は、ハッキリと耳に届いて
ほとんど堕ちていた俺を
俺を、さっと救いあげた
気になって、目を開くとそこには、
目に涙を溜めたすちと、一年生組がいた
そう言いながら、強く抱きしめるみこと
同じく抱きしめて、泣きじゃくるいるま
涙を流して静かに謝罪を述べるすち
急に目の前に現れた光景に、
脳の処理は追いつくはずがなかった
だって俺は、地獄にいて
俺を縛り付ける奴らがいて
俺のことを、逃しなんて、しなくて____
その言葉を、脳は飲み込むのに
少しだけ時間がかかった
もう、アイツらはいない
将来を強制するような、
暴力と言葉で支配するような、親は……
って、いうこと、は……
みことが、俺の思考を読んだかのように
そう言って、抱きしめる力を強めた
いまだに、俺の脳の処理は追いついていない
急に俺を縛る奴はいなくなるし
急に俺は自由になっちゃうし
急にみんなは泣き出すし
けれども、ずっと心の中にあったナニカは
ゆっくりと溶けた気がした
それを言えば、俺の頬に水滴が流れて
それを見た三人は、驚いたように目を丸くして
そうして、嬉しそうに笑った
この感情の名前を、俺は知らない
けれども、目の前の三人の顔を見て、
必要のなくなった仮面を、俺は捨てた
今まで、たくさんのことを忘れてきた
記憶も、人への信用も、期待も、
そして、感情も
まだ、信用できる人は少ないし
期待だって到底できそうにないけれど
そう、心から誓った
逮捕されて、数日が経った
あれから、ずっと薄暗いところにいる
どうせなら真っ暗な場所がよかったな
なんて思うこさめは、やっぱりおかしいのかもしれない
それでもやっぱり、
こさめのせいで二人だけになった
いるまくんとみこちゃんが心配だった
あの時、こさめを追放した人に、見覚えがあった
それは、みこちゃんのご両親で
日本に帰ってきたんだ、なんて思った
でもそれと同時に、みこちゃんだけは
家に連れ戻されるんだろうな、とも思った
でもそうすると、いるまくんは一人になる
それが、一番の問題だった
いるまくんの家の事情は詳しくは知らないけど
多分いるまくんのお迎えに来る人はいない
そうなると、どうなるのか、
こさめはそれが一番の不安だった
らんくんの家の前をパトカーで通った時
らんくんが、見たことない表情で歩いてた
世界の全てに絶望したかのように
なつくんだって……あの家は、終わってるのに
今何が行われてるかなんてわからない
今はなんとかなってることを祈るしかなくて
そんな状況で、すちくんだって負荷はかかってる
自分で自覚なんてしていなくても、
もうそろそろ疲れ切ってしまうと思う
もどかしさに、何度でも
幸せな明日を、夢に見てた
けれども、それを壊した自分が
何よりも、無力でウザかった
急に、閉じ込められてる部屋が開いた
かと思えば、そう急に言われた
被害者達四人、と言う言葉に
いるまくんと、みこちゃんと
あと二人も来てくれたんだ、
と思って目を丸くした
目の前の大人についていくと、
テレビでよく見るような、面会部屋があって
ガラス越しの部屋に、四人が座っていた
いるまくんと、みこちゃんと
すちくんと、なつくんがいた
こさめのことを見た瞬間、
二人はそう言って泣きそうな顔をした
その横にいるなつくんとすちくんも
安心したような顔を浮かべて
こさめって、愛されてるのかな
なんてふと思ってしまった
その時、明らかにおかしいことに気がついた
キミの安心したような顔を、
こさめは、初めてみた
そう、なつくんは……
仮面を、していなかった
仮面をせずに、微笑んでいた
なつくんは、急に指摘されて、
少し驚いた後に、また、心から笑った
その笑顔も、仮面をつけてなくて
本当に、解放されたんだ、って
それを思うと、思わず笑みが溢れた
そう思ったのも、束の間
そう言えばここが、面会部屋だと思い出す
みんなが笑顔で今ここに並んでいるものの、
なんでみんながここに来たのか
こさめはそれがわからなかった
けれども、その話題は
すちくんの口から直接話し出された
こさめは、すちくんの問いに
普通に躊躇なくうなづいた
このセリフ、多分これから一生
こさめの監視員さんは聞かないんだろうな
なんて思ってる
被害者って普通立場だけだとしても、
普通加害者を怨むか怖がるんだろうけど
言い方悪いけど、二人の隣にいる
誘拐されたことがある人は、
未だにトラウマ抱えてますけど??
なんて思いながらも、話を聞くと
思わず、感心してしまった
こさめの罪状を、示談だけで終わらせようというのだ
示談というのは、所謂話し合いで
被害者と加害者がお互いに話し合って
損害賠償やらなんやらを決めるというもの
弁護士の手配ももう既に済んでいるし、
みこちゃんのご両親の説得と完了
……まぁ、ほぼみこちゃんの脅しだったらしいけど
ちなみに、いるまくんはもう既に
なつくんの交渉によって、
孤児院に移動することが確定してるため
保護者の問題もないとのこと
これを、なつくんの両親が逮捕されてから
三日でやったと聞いて、みんなが恐ろしくなった
もちろん、いい意味で
なんで、そんなにこさめの為にしてくれるのか
やっぱりよくわからなかった
でもその問いに、当たり前かのように
いるまくんとみこちゃんは口を開いた
その声を聞いて、顔を見て、
気がつけば、目頭が熱くなっていた
頑張って堪らえようとしたのに
気がつけば涙がボロボロと溢れていた
子供みたいに、泣きじゃくるこさめを
誰も、笑わないで、誰も、否定しないで
そう言ってくれて、
気持ちが軽くなった
幸せな明日を、夢に見てた
けれども、それは夢でしかなかった
でも、今ここでみんながいてくれて
愛されてることを知って、
今までの頑張りが評価されて
やっと、すべてが報われた気がした
こさめ以外の、みんなの話を聞いた
らんくんが、未だに音信不通なんだって
こさめが自由になったら、助けに行くんだって
時間は、止まらないから
戻らない、先のある世界へ
こさめがそう言うと、ガラス越しにいるみんなは
自信満々に、笑顔になって、拳を出してきた
こさめも、ガラス越しに拳を突き出して
コツン、とガラス越し拳を合わせた
こさめは
逮捕されてから始めて____
いや、高校に入ってから始めて
心から満面の笑みを浮かべられた












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!