夜、十一時半。
夜の家は、いつも通り静かだった。
双子の寝息。
絇仁の部屋から聞こえる小さな寝返りの音。
鼓多も、きっと眠っている。
結侑は静かにキッチンの電気を消した。
今日は少しだけ、疲れていた。
今日も保健室には、
連日の暑さが原因で熱中症になる生徒が何人も来た。
夏休みの部活動は中止にしてもいいじゃないか、
とも思ってしまう。
放課後には、会議。
帰宅してからは、
夕飯、洗濯、入浴、双子の寝かしつけ。
至って、いつもの一日。
でも、
なんだか胸の奥が少しだけ痛かった。
理由は、自分でもよく分からない。
廊下を歩く。
ふと、
鼓多の部屋の前で足が止まった。
少し迷ってから、
そっとドアを開ける。
足を踏み入れると、規則正しい寝息が聞こえた。
ベッドの上で、
鼓多はぐっすり眠っていた。
片手は布団の外。
髪は寝癖で少し跳ねている。
可愛くて、思わず笑ってしまう。
十六歳なのに、
寝顔だけは、小さい頃と変わらない。
結侑はベッドの横にしゃがんだ。
そっと、前髪を整える。
指の間を柔らかい髪が抜けていく。
もう一度、
頭を優しく撫でる。
鼓多が目覚める様子はない。
気持ちよさそうに、少しだけ寝返りを打つ。
また、そっと撫でる。
昔もこうだった。
熱を出した夜。
怖い夢を見た夜。
転んで、泣き疲れて眠った夜。
何度もこうして頭を撫でた。
その度に、
小さな鼓多は安心したように笑って眠った。
もう、あっという間に高校二年生。
身長も追い越されそうだ。
声変わりもした。
双子を抱っこして遊ぶ姿なんて、本当に頼もしい。
なのに、
寝顔だけは。
ぽつりと呟く。
その時だった。
ぽたっ。
鼓多の前髪に、小さな雫が落ちた。
結侑は目を瞬かせる。
もう一粒、鼓多の枕に染み込む。
泣いてる、
自分が。
慌てて目元を拭う。
でも、溢れ出して止まらない。
涙は静かに頬を伝っていく。
声は出ない。
ただ、涙だけが落ちる。
今日、なにかあったわけじゃない。
悲しいこともない。
苦しいこともない。
それなのに、
鼓多の頭を撫でていたら。
どうしようもなく、
涙が出た。
鼓多は眠ったまま。
何も知らない、安心しきった顔で。
結侑は少し息を詰まらせてから、
静かに笑った。
小さくしゃくり上げると、涙がまた落ちる。
結侑がはっとして顔を上げる。
鼓多は目を閉じたままだった。
どうやら、寝言のようだ。
結侑は思わず息を止めた。
鼓多は眠っている。
きっと、夢の最中だ。
なのに、
そんな言葉だけが溢れた。
結侑は口角を上げた。
まだ涙が溢れ続けている瞳のまま。
小さく呟いて、
もう一度だけ、鼓多の頭を撫でた。
そう言って立ち上がろうとした、
その時。
鼓多の手が、結侑の服の裾を掴んでいた。
目は閉じたまま。
きっと眠っている。
鼓多はもちろん答えない。
結侑は困ったように笑った。
そのまま十分ほど。
鼓多は安心したように眠り続けた。
やがて、手の力が抜ける。
結侑はそっと裾を外し、
布団を掛け直してやった。
部屋を出る前、
もう一度だけ振り返る。
鼓多は静かな寝息を立てていた。
その寝顔は、
結侑にとって、
何よりも守りたかった宝物だった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!