第72話

きみが眠るころ。
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2026/08/06 23:20 更新





夜、十一時半。





夜の家は、いつも通り静かだった。








双子の寝息。

絇仁の部屋から聞こえる小さな寝返りの音。


鼓多も、きっと眠っている。






結侑
……よし。





結侑は静かにキッチンの電気を消した。











今日は少しだけ、疲れていた。





今日も保健室には、
連日の暑さが原因で熱中症になる生徒が何人も来た。



夏休みの部活動は中止にしてもいいじゃないか、
とも思ってしまう。






放課後には、会議。





帰宅してからは、

夕飯、洗濯、入浴、双子の寝かしつけ。








至って、いつもの一日。






でも、
なんだか胸の奥が少しだけ痛かった。




理由は、自分でもよく分からない。













廊下を歩く。






ふと、

鼓多の部屋の前で足が止まった。






結侑
……。







少し迷ってから、

そっとドアを開ける。









足を踏み入れると、規則正しい寝息が聞こえた。






ベッドの上で、
鼓多はぐっすり眠っていた。




片手は布団の外。

髪は寝癖で少し跳ねている。







結侑
……子どもみたい。




可愛くて、思わず笑ってしまう。






十六歳なのに、


寝顔だけは、小さい頃と変わらない。









結侑はベッドの横にしゃがんだ。





結侑
……。





そっと、前髪を整える。


指の間を柔らかい髪が抜けていく。





結侑
……。




もう一度、

頭を優しく撫でる。







鼓多が目覚める様子はない。


気持ちよさそうに、少しだけ寝返りを打つ。







結侑
……ふふ。

結侑
ほんとに起きないなぁ。




また、そっと撫でる。








昔もこうだった。




熱を出した夜。

怖い夢を見た夜。

転んで、泣き疲れて眠った夜。




何度もこうして頭を撫でた。






その度に、

小さな鼓多は安心したように笑って眠った。







結侑
……。





もう、あっという間に高校二年生。






身長も追い越されそうだ。

声変わりもした。

双子を抱っこして遊ぶ姿なんて、本当に頼もしい。







なのに、


寝顔だけは。





結侑
変わらないなぁ。



ぽつりと呟く。










その時だった。









ぽたっ。



鼓多の前髪に、小さな雫が落ちた。







結侑
……え。





結侑は目を瞬かせる。





もう一粒、鼓多の枕に染み込む。







結侑
……。






泣いてる、



自分が。







結侑
なんで……。





慌てて目元を拭う。


でも、溢れ出して止まらない。







涙は静かに頬を伝っていく。




声は出ない。




ただ、涙だけが落ちる。







結侑
……。




今日、なにかあったわけじゃない。




悲しいこともない。
苦しいこともない。








それなのに、

鼓多の頭を撫でていたら。








どうしようもなく、

涙が出た。







結侑
……大きくなったなぁ。


結侑
いっぱい頑張ってるなぁ。







鼓多は眠ったまま。


何も知らない、安心しきった顔で。











結侑
ごめんね。


結侑
もっと甘えたかったよね。

結侑
お兄ちゃんだからって、

結侑
我慢させちゃったことも……、


結侑
いっぱいあったよね。







結侑は少し息を詰まらせてから、

静かに笑った。






結侑
それでも、
結侑
こんなに優しく育ってくれて。


結侑
ありがとね。





小さくしゃくり上げると、涙がまた落ちる。







結侑
……っ、


鼓多
……ゆうくん。







結侑がはっとして顔を上げる。








鼓多は目を閉じたままだった。


どうやら、寝言のようだ。









鼓多
……ゆうくん。

鼓多
だいすき。






結侑は思わず息を止めた。








鼓多は眠っている。

きっと、夢の最中だ。







なのに、

そんな言葉だけが溢れた。








結侑
……ふふ。







結侑は口角を上げた。

まだ涙が溢れ続けている瞳のまま。









結侑
ありがとね





小さく呟いて、


もう一度だけ、鼓多の頭を撫でた。







結侑
お兄ちゃんも、
結侑
大好きだよ。





そう言って立ち上がろうとした、







その時。








結侑
え?






鼓多の手が、結侑の服の裾を掴んでいた。








鼓多
……。





目は閉じたまま。


きっと眠っている。






結侑
離して……。




鼓多
…….。
結侑
寝相なの?





鼓多はもちろん答えない。





結侑は困ったように笑った。






結侑
仕方ないなぁ。









そのまま十分ほど。



鼓多は安心したように眠り続けた。







やがて、手の力が抜ける。








結侑はそっと裾を外し、

布団を掛け直してやった。











部屋を出る前、

もう一度だけ振り返る。












結侑
おやすみ、こったん。















鼓多は静かな寝息を立てていた。










その寝顔は、


結侑にとって、
何よりも守りたかった宝物だった。










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