さて、仕事。
最後の上映が始まった時点で人が閑散とした
フロアの掃除を始めようとモップを構える。
バックヤードはわりと綺麗にしてきたし、
カウンターのお金は集めた。
チケットの整理はしたし、チラシの補充もした。
他の場所の掃除も隈無くしたし、
どうせ明日朝イチで掃除する人がいるし。
あとやるべきはこの無駄にひっろいフロアと、
上映終わりのスクリーンだけだ。
スクリーン1の上映終了は20:26。
うん、それからダッシュでやれば
スクリーン2の上映終了時間までに
間に合うかもしれない。
モップを持つ手に力が入る。
そうは言われても、と苦笑いする店長。
死にそうになりながら
傍にあった椅子を頼りに床に座り込むと
店長がオロオロしだす。
それに少し笑えてきてしまって、
慌てて手で口を覆う。
投影室の透明なガラスの先に観える映画。
男女が手を取り合って桜並木の真ん中で立ち止まる。
男が女の人の頬に手を伸ばして、なんていうか…
溶けそうなほど甘そうなキスをしていた。
現実でこんなキス、あり得るんだろうか。
顔を紅く染めて目を逸らす女の人。
そんな姿でさえも愛おしそうに抱きしめる男。
在り来りな恋愛映画らしかった。
にこり、と笑って席を立つ店長。
そのままここの掃除お願いね、と管理室へ行ってしまった。
気づけばエンドロールが流れている。
投影室まで漏れる音楽は
流行りのバンドのしっとりとした恋愛ソング。
こんな淡々と恋しく思う気持ちを並べたって、
こんな淡々と一緒にいる理由を並べたって、
別れたい理由ひとつで壊れてしまうのに。
生憎俺好みの曲ではなかったけれど、
そのリズムだけはしばらく耳に残っていた。
エンドロールから席を立つ人が大半なので
慌ててドアを開ける。
ストッパーを差し込んで
掃除を始めようとスロープを抜けて階段を上る。
やべ、まだお客さんいた。
そう思って静かに登りながら視線だけそちらに向ける。
凛とした視線がまっすぐスクリーンを捉える。
珍しいな、この時間帯で最後まで観る人。
大抵は満足してさっさと帰るのに。
モップを振りながら忘れ物とゴミをチェック。
静かに。
さく。
じゃり。
時折呼吸の隙間でポップコーンの音が聴こえる。
気づけばエンドロールは止んでいて、
ライトも明るくなっていた。
よし、やっと掃除に本格的に取り組める。
最後のお客さんが席を立って
階段を降り始めたタイミングで声を掛けると、
少しだけ目が合った気がする。
お互い会釈を1つして、目線を下に下ろした。
遠くからはフロアに出てきているであろう
店長のお客さんへの挨拶の声が聴こえる。
ただ、機械的に手を動かす。
安っぽい恋愛ソングを頭から追い出すように
ブルブルと頭を振ったけれど、
それはいつまで経っても抜け落ちてくれなかった。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。