第4話

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2019/03/09 13:04
その後のことはあまり覚えてない。ただ朝練に行って、授業を受けて、ご飯を食べて、授業を受けて、部活。授業の内容なんて1ミリも覚えてないし、部活だって居残り自主練する気力も起こらなかった。
「どうしよう、俺、俺……ツッキーに嫌われちゃった……」
ツッキーに嫌われることは俺にとって、世界の終わりと等しい。ツッキーは俺の全てだから。もう、俺に生きる意味なんてないとも思えるほどだった。
覗き見した上、そのことを本人に言って挙句の果てに「好きな子いるの?」だなんて。俺はなんでやつだろう。自分が本当に嫌になる。
もともとコンプレックスだらけなんだ。そばかすだらけの頬は、なんだか不健康そうだし、白目の大きな目は目つきが悪いと言われる。背だってそこそこ高いくらいで、特にこれといった長所も個性もない。
俺はまず、あんなにカッコイイツッキーが羨ましかった。俺とは対局の、見掛け倒しなんかじゃない本物のカッコ良さ。
1回、ツッキーに「カッコ悪い」なんて言葉を吐いたけど、いつでもツッキーはかっこいい。
俺はツッキーが羨ましくて、憧れて、ちょっと妬ましく思ったりして、そういうの全部ひっくるめて隣にいる。小学生の時から。俺の背が伸びれば、ツッキーの背も伸びた。頑張って勉強しても、涼しい顔で上をゆく。俺たちの距離は縮まらないままだったんだ。
俺がツッキーの一番だなんて、滑稽な錯覚をしていたんだ。
自分が恥ずかしくて、馬鹿らしくて、阿呆らしくて、滑稽で浅はかで今にも死にたい気分だった。実際、生きる活力なんか湧いてこない。
「じゃあ、全部伝えて終わりにしよう」
それから、うんと悩んで、俺はツッキーに手紙を書いた。自分で気持ち悪くなるような内容だけど、これがありのままなんだから仕方ない。どっちみちもう嫌われてるんだから全部どうでもいい。
『ツッキーへ。
まずは、ごめんなさい。許してもらおうなんて微塵も思ってないけど、自己満足でもいい、とりあえず謝らせて。ツッキーに嫌われたのは分かってる。いや、もしかしたらツッキーは、俺の事なんかもともと嫌いだったのかもしれない。ツッキーなんて呼ぶのも馴れ馴れしいから、月島くんって改めるね。もう呼ぶこともないかもだけど。
月島くん、俺はずっと君が好きでした。気持ち悪いよね。男同士だもんね。でも、本当に俺は君が好きなんだ。君は俺の全てでした。大袈裟じゃなく、そう思ってる。嫌われたら、俺の人生なんてなんの価値もないものに過ぎないとさえ思えてくるんだ。そして、その価値のないがらくたを棄ててしまおうとも思う。君には関係ない話だろうね。一方的に手紙なんて送ってごめんなさい。そして、さようなら。
山口忠』
読み直してみたら、息が詰まって、乾いた嗚咽が止まらなくなった。涙も出てこない。
この先が全部真っ暗だ。
手紙を封筒に入れて、月島くんの家まで走った。辺りはすっかり暗くて、冷たい風が頬を刺す。でもその痛みがなんだか気持ちよかった。
手紙をポストに投げて、わざと遠回りして家に帰った。この痛みをもっと感じたかった。
胸の痛みが、外から受ける痛みに溶けていくみたいで安心する。
俺が無意識に自分を傷つけたのは、この安心が欲しかったんだ。自分がここにいる証、血の温もり、心の痛みの和らぎ。一瞬でもいいから、欲しかったんだ。

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