いつからだろう、
タツ、いや皆と一緒にいるのが辛くなったのは。
そんなことを考えていると、腹の底から何かがせり上がってくる。
初めて吐いたのは高2の夏だった。
皆とのバレーに対する熱量の差が、俺の中で明確に見え始めた時期。
最初はただの夏バテと疲労だと思ってたけど、次第に頻度が増えてきて毎日吐くようになってしまった。
出した分を補完するように食べる量は増えていった。
でもそんな無茶をしていたら体にガタが来るわけで。
高校生に入ってからも身長は伸びたけど、体重が増えない。
ウエイトを増やしても次第に細くなる手足。
高2の冬あばらが浮いてきたときはさすがにやばいと思った。
それは数字にも出て、高3の春の健康診断でひっかかった。
細田先生にも伝わって部活前に初めて呼び出された。
細田監督「どうしたん、これ。」
健康診断の結果の書類を出される。
鴇崎『…最近よく吐いてしまって。』
細田監督「体調はどうなん」
鴇崎『大丈夫です。』
細田監督「無理に食トレしとるわけでもないんやな?」
鴇崎『はい。』
細田監督「鴇崎はチームに必要やから、お前の言葉を信じる。体調管理はしっかりせぇ。」
鴇崎『はい。失礼します。』
大塚「なぁなぁトキってなんかやらかしたん?」
中島「龍じゃあるまいし進路とかじゃないんか」
山本「不名誉なこと言うな」
春の京都合宿。
…もしかしたら、今日は吐かないでいけるかも。
毎日そう思う。でも、毎日トイレで跪く。
お前らと一緒にバレーしててごめん。わかっているのに逃げるほどの勇気もなくてごめん。騙しててごめん。
そうやって、許しを乞うように。
三浦「え゛、トキさんまだ食うんすか」
おかわりしたご飯をよそって席につくと、一年の三浦が信じられないという目で見てくる。
鴇崎『これぐらい食っとかないと後でお腹空いちゃうんよ。』
…半分吐いちゃうから結局は皆の量とさして変わらんし。
大塚たちが話していることに適当に相槌を打っていると、遠くからの視線に気が付いた。
誰やっけ…あ、藍か。
本人はバレてないと思ってるみたいやけど、普通に気付く。恥ずいからやめてほしい。
食後30分以内には大体吐き気がする。
無理に抑えてると気づかれるから、なるべく早くトイレに向かう。
バレないように声を潜めて、電気も点けず真っ暗なトイレで吐く。
胃の重さが半分くらいになったら自然と収まってくるけど、今回はちょっと長い気がする。
…久しぶりにセッターやったからかな。
吐き終わって口をゆすいでいると、げっそりした自分の顔が鏡に映った。
『…きっつ。』
結構時間が経ってしまった。早く戻らないとと思いトイレの曲がり角を曲がった途端、人がいた。
藍「え、トキさん?」
まずい、まずい、まずい。聞こえてた?バレた?
なんか話してるけど、そんなの聞こえない。
俺の脳はこれをどう処理するかにしか動かない。
これは声が大きいし、人を呼ぼうとしている。都合が悪い。
視界の端にあった給湯室に押し込んで口を塞ぐ。
…話し声は、よし、聞こえなくなった。
抑え込んだそれに目を向けると、ようやく誰だかわかった。
面識があるだけに、対処に困る。
藍「そんなにしょっちゅう吐いてまうんですか?」
今この状況の俺に話しかけるか普通?気まずいとか思わへんのかなコイツ。
藍「もしかして人一倍メシ食べるのって…」
答えないと一生質問攻めなんやろな。
鴇崎『どうせ半分くらい出してまうから。』
藍「毎日?」
頷く。
どないしよ今藍の相手する余裕ないねんけど。
藍「トキさん、あんた、」
藍「バレー楽しくないでしょ。」
気が付くと藍を壁に押し付けていた。
落ち着いてきた頭に一瞬で血がのぼる。
絶対言われたくない言葉を藍に、部外者に言われてしまった。
熱量の差さえあれど、自分はバレーを楽しんでいると自分自身に信じ込ませていた。
そうでもしないと耐えられなかった。
ぎちぎちと手首をつかんで藍を見下ろしていると、藍は見つめ返してきた。
その純粋な目を見ているとなんだかおかしく思えてくる。
…ああ、藍は俺を傷つけたい訳じゃないんだ。
脅威ではない。たまたま居合わせただけの人間。
コイツは、関係ないのだから。
手を離して給湯室を出ようとすると、藍に呼び止められた。
…お前がチクったところでタツが信じる訳ないだろ。なんか自分勘違いしとるんちゃう?
鴇崎『大塚は信じないよ、絶対。』
藍「なんでそんな言い切れるんですか…!」
鴇崎『大塚は、トキのことなら全部知ってるって思っとるから。』
だって、それだけ一緒にいたから。
『トキに異常があったら自分が一番早く気付く、俺が気付かない訳ないって無意識の内に思っとるから。』
それだけ、隠し通してきたんだから。
『試しに言ってみれば?相手にされへんのちゃう?』
お前なんかが、踏み込めると思うなよ。
起床時間より30分程早く起きた。
布団の中にいても、どうにも眠れなくて食堂に向かった。
…昨日はやりすぎたな。ムカついて壁に押し付けるとかほぼ恫喝じゃん。まあ脅そうと思ってそうしたんだけど。それをチクられるとまずくね?てか気まず。たしか今日東山と試合多くなかった?あーかったりぃ。
ぐるぐると昨日のことが蘇る。
机に突っ伏して溜息を吐いていると、向かいの椅子が引かれる音がした。
藍「おはようございます。」
鴇崎『…朝からお前の顔見たない。』
藍「ふは、正直っすね。」
もう何なのこいつ。まだ朝の5時前だよね?
藍「俺ね、トキさんには楽しくバレーして欲しいんですよ。」
鴇崎「はい?」
訳がわからない。
思わず顔を上げた。
藍「やから、トキさんの思ってること、俺に話してください。一緒に考えましょうや。」
…このお人好しが。
どんだけ突き放しても、拒絶しても、歩み寄ってくる。
話の飛躍がすごいのは置いといて、
単なる好奇心とかじゃなく、本当に俺を見てる。
鴇崎『…ははっw』
呆れて笑ってしまう。
なんでこうも俺の周りは太陽みたいなやつばっかりなんだ。
藍「?何笑ってんすか」
鴇崎『…褒めてんだよ。』
藍「あざっす?」
鴇崎『…寝る前になったらここな。人いたらナシ。』
藍「ほんまですか⁉」
鴇崎『ばっか声でかいわアホ』
それに断ってもお前、絶対折れへんやんか。
大塚「二人して朝からなにやっとるん?」
鴇崎『俺が聞きたい。』
いつのまにかタツがやってきた。
大塚「…なして藍はそんなニヤニヤしてるん?っつうかそこそんなに仲良かったっけ。」
藍「んっふふ。いやぁ~事情があって~w」
鴇崎『お前調子乗りすぎ。絶対話してやんない。』
藍「そんな殺生な。」
そのまぶしさが、タツに似てると思ったのは気のせいだと信じたい。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。