苦しい中で盛大にツッコミながら残り200メートルの道に顔を向ける。
あと200メートルか....
鳴子はまだ20メートルくらい後ろにいる。
わたしが全部絞り切るのを待っとるみたいに、それ以上近づいては来ない。
いつでも抜けるけど、後ろでじわじわタイミングを待っとる感じ。
しかも、後ろにいる鳴子は絶対ニヤニヤしとる。
いつもの強気な顔で。
それにだんだんムカついてきたあなたの下の名前は、最後の力を振り絞ってダンシングの姿勢に入った。
そのまま、大きく息を吸って、ペダルを荒々しく蹴りながらまた速度を上げた。
これで勝てるなら、もうこれ以上走れんくてもいい。
今日がほんとにサイクリングなんて、最初から期待してなかった。嘘、ほんのちょっとだけ、鳴子と昔の話でもしながら、ゆっくり走れたらなぁとか思っとった。
そんなん、もう無理じゃ。
わたしにはもうこれ以上走る脚は残ってない気がする。
この頂上がゴールだ。そんな気がした。
残り100メートル。
足がつりそうだ。腕も感覚ない。
でもあと100メートル走れば、この時間も終わる。
そう思うと少し寂しい気持ちになった。
鳴子は、今日一緒に走ってわたしに勝つともう思い残すことはなくて誘ってくれんのんじゃないかなとか、脳裏によぎる。
あと100メートルしかないのに、そんなこと考えるなんてまだ余裕あるじゃんとか、我ながら思う。
そんな事を考えてたからか、後ろから近づく車輪の音に気づくのが少し遅れた。
もうほぼ真後ろのほうで、車体をゆらゆら揺らしながら鳴子が煽ってくる。
悔しさと、寂しさと、色々ぐちゃぐちゃになってきてあなたの下の名前の目には薄ら涙が浮かんできた。
それから、下を向いて唇に歯が食い込むくらい歯を食いしばり、再び前を向いた。
もう鳴子のことは考えない。
前だけ見て、頂上だけを目指して走る。
その結果がどうであれ、ここまで、これだけのペースで走ることができた。自分に自信につけるために走ろう。
そう決めた。
全体重を前輪にかけて、姿勢を低くする。
無理やり体を振ってバイクを揺らし、ペダルを回す。
残り10メートル。
残り5メートル。
残り1メートル。
長いようで短い、名もなき山での勝負が終わりを迎える。
ゴール争いでの勝者は、天を仰ぎ、敗者は、地に伏せる。
自転車競技では当たり前に見る光景だ。
それは、公式レースだけの話ではない。
たとえ、名前のないレースだしてもそれがレースである限り例外はない。
この名もなきレースの勝利を手にしたのは、
赤い髪の笑顔が似合う男だった。
その男は、いつものように大袈裟に喜ぶのではなく、空に向かって、拳をグッと突き上げただけだった。
その後ろで、自転車に体を預け、ポタポタと汗を垂らし下を見て走るのは、あなたの下の名前だった。
やっぱり、勝てんかった。
精一杯走った。全力だった。
5分差で、山で、鳴子に。
それでも負けたんだ。
そりゃそうよね。ずっと、頑張って練習しとる鳴子に、たとえその条件があったとしても、勝てるわけない。分かっとった。
でもなぁ...。
悔しすぎて、前を向いて走ることが出来なかった。
すると、前を走っていた鳴子が、ジャッとブレーキをかけてわたしの横まで下がってきた。
鳴子は、チラッとこっちを見て、ヘルメット越しの頭に手を置いてあなたの下の名前、お疲れさんと言った後、またわたしの前に出た。
ワイがひいたるからついてきいや。と言われてるみたいだった。
それからしばらく、鳴子の背中を見ながらぼーっと走る時間が続いた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。