第5話

サンクリング当日②
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2025/10/02 03:31 更新
鳴子 章吉
行った...な。
そう呟く鳴子の目には遠くなっていくあなたの下の名前の姿が映っていた。

中学時代、関西の大会でよく鉢合わせては口喧嘩をした。出会ったきっかけは正直よく覚えてへん。

同じ土俵で戦ったことはなかったけど、試合が終わってあなたの下の名前は宿舎、ワイは帰路に着くための道で、勝手にレースをしとったんや。

あなたの下の名前は速かった。山に入るとグングン遠くなっていく背中を見て、ワイはもっと強くならなと何度も決意した。そんな仲だった。

中学2年の最後の大きな大会で、何台も巻き込む落車事故が起きた。そこにあなたの下の名前は巻き込まれた。
幸いすぐに立ち上がり、最後は優勝を掻っ攫ってった。


ホッとしたんや。

落車で選手生命を立たれる自転車乗りも少なくない。
あなたの下の名前はすぐ立って走った。大丈夫や。そう思ったんや。

優勝を労おうおもて、あなたの下の名前のテントに走って向かった。

でも入れへんかった。


泣いとったんや、嬉し涙やない。
膝を抱えて。

それで、察した。


テントの前で下を向いて立ち尽くした。
そっから、ワイは....そん時のワイはあなたの下の名前に上手く声をかけれんと逃げたんや。
あれだけ切磋琢磨しとったあなたの下の名前が泣いとるゆうのに、なんもせんと、逃げたんや。


それでなにが男や。そうゆう時は、ワイがついとるでー!とか、一緒に治すの頑張ろやー!とか、とりあえず優勝おめでとう!とかなんかあったやろ。と今になって思う。


そんな中、あなたの下の名前が千葉に引っ越してきて、まさかの同じ高校やった。奇跡やと思った。
神様がワイにもう一度チャンスをくれたんや!そう思った。


そして、今日もう一度あなたの下の名前と走れる日がきた。

走った先で、なんて声をかけるかなんて決めてへん。
とにかく思いっきり走る!
その先は、その先になった時に考えればいんや。



鳴子はペダルに足をかけてカチッと音を立てると、先に登って行ったあなたの下の名前を目掛けて、走り出した。
鳴子 章吉
うじうじ考えてもしゃーない!
鳴子章吉、男になる!高校生編スタートや!
鳴子に威勢の良いことを行って、駆け出したはいいものの、鳴子がどれくらいのペースで登ってくるとか、どんな走りをするとか全然分からん。

だって、中学時代は山に入ると敵じゃなかった。

実際、鳴子のペースもそうだし、自分の足もどれくらい持つのか分からないところもある。


でも大丈夫。

気持ちは上がっとる。山も大好き。

鳴子がロードやっぱり似合うって言ってくれた。
頑張る理由なんか、それだけで十分じゃろ。

とにかく前を向いて走る、思いっきり走る。

だんだん息も上がってきて、肺が痛くなってきた。
斜度が上がって、太ももはガチガチ、腕は感覚がなくなってきた。
そりゃそうだ。ペース配分なんか考えずに、一心不乱に登ってきとるんよ、そうなる。


こんな感覚は久々で、胸が高鳴りますます呼吸が苦しくなる。


あなた
ハァ...ダメダメ...平常心だ。
...でも....わたしの走りって...このギリギリをずーっと続ける綱渡りみたいな走りだったっけなぁ....
しんどくてしんどくて、どうしようもない感覚に体は悲鳴をあげるけど、それが最高に気持ち良くてずっとこのまま走れたらいいのにって思ってしまう。
思えば思うほどスピードが上がり、それと同時にハンドルを握る手がビリビリ震える。
あなた
やっぱり...自転車また乗り始めてよかった...!
山頂まであと300メートル、山頂にある自動車一時停止のラインまで、あと300メートルだ。

ゴールが見えた。










鳴子 章吉
そうゆうてくれて良かったで


聞こえるはずのない声がする。

聞こえるはずのない車輪の音がする。



あなたの下の名前はゆっくり後ろを振り返った。
あなた
嘘じゃろ...5分後にスタートして...登りなんてわたしにほとんど勝てたことなくて...
あなた
なんで、そこにおるん...!鳴子!
最後のカーブを抜けてきた鳴子がもうすぐ後ろに迫っていた。

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