第5話

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2026/03/19 11:15 更新
 現在、僕がスライムに転生して九十日が経過した。
 正確には、九十日と七時間三十四分五十二秒。
 何故ここまで正確に断言できるのか?それは、ユニークスキル『大賢者』による補正効果だ。
 いやー、このスキル、マジで便利。困ったときの『大賢者』様々だ。僕が感じた疑問に、なんでも答えてくれるのだから。
 『大賢者』によると、スキルが僕の魂に定着するのに九十日かかったそうだ。ただし、本来ならば会話による返答などできなかったとのこと。僕の疑問に答える為に事故改造を行い、"世界の言葉"の権能の一部を流用したのだと説明された。
 通常では、疑問に対して心に言葉が響く、などというような便利な能力はないらしい。世界の改変が行われたり、スキルの獲得や進化が行われた際に、"世界の言葉"が響くのだとか。
 もっとも、スキルの獲得や進化が普通に行われている訳ではないようだ。何らかの成長を世界が認めた際に、まれに獲得できる事があるのが『能力スキル』らしい。『進化』など、それこそ普通の人には縁のないものだそうだ。
 全く、意味がわからなかったけど、そういうものだと割り切った。
 『大賢者』が質問に答えてくれるようになったが、あくまでも受動的で自我はないのだ。
 こちらから話しかけないと、向こうからこちらへの問いかけはない。そこが残念な所でもある。
 しかし、言葉のキャッチボールが一方通行でも可能なのは嬉しい事だ。
 自分のスキルと会話なんて、元の世界では変な妄想お疲れって所だけど……。
 という訳で、真っ暗闇で他にすることもなかった僕は質問しまくったのだ。
 その結果、間違いなく僕はスライムになっている事が判明した。
 空腹や睡眠が必要ない理由も判明した。
 この世界のスライムとは、魔素を吸収できれば食事を摂る必要がない。魔素の濃度の少ない地方では、モンスターなり小動物なりを吸収して魔素の補充を行うらしい。
 故に、この世界では珍しく、魔素の薄い地方のスライムの方が凶暴で強いらしい。普通は、魔素の濃度の濃い地方の方がモンスターの強さも上なのだ。
 つまりこの場所は、食事の必要がないくらいに魔素が濃いのだ。
 そして睡眠に関しては、
大賢者
《解。スライムの身体は全てが同一の細胞の集合体です。一つ一つの細胞が脳細胞であり、神経であり、筋肉なのです。故に、思考する演算細胞が持ち回りで休憩する為に、睡眠は不要です》
 との事だった。
 僕の記憶はどこに記録されるのか?
 恐らく、PCのHDDでいう所の、RAIDのような状態になっているのでは?
 と考えたら、《大体あってます》と返答された。
 『大賢者』は意外に相槌が上手いヤツだ。
 で、気になった『大賢者』のスキル効果は五つ。
  思考加速:通常の千倍に知覚速度を上昇させる。
  解析鑑定:対象の解析及び、鑑定を行う。
  並列演算:解析したい事象を、思考と切り離して演算を行う。
  詠唱破棄:魔法等を行使する際、呪文の詠唱を必要としない。
 というものだった。
 森羅万象?これは全ての知識が労せず手に入ったってこと!?と思ったのだが……。
 実際には、僕が触れた情報に対して、僕の知り得る事柄にのみ、情報開示が可能との事。
 つまりは、一度認識する必要があるが、理解出来た事柄に関しては解析可能な能力という事のようだ。
 そして、詠唱破棄。これって、魔法習得したら唱えなくても行使できるって事?というか、やっぱりあるのか魔法!!
 答えはYES。
 そうとわかれば、魔法が覚えたくて仕方なくなった。
 ダメ元で『大賢者』に使えないか確認したが、無論無理だった。
 だがここで閃いた。『捕食者』の解析に『大賢者』の並列演算をリンクさせることは可能か?
大賢者
《解。『捕食者』の解析に『大賢者』の並列演算をリンクさせることは可能です。リンクさせますか?                 YES/NO》
 もちろん、YESだ!といっても解析するものもないか……待って?
 胃袋に収めたという、暇潰しで食べてた草。あれはなんだろう?
 まあ、他に何もする事ないし、あれでも解析するか。
 という訳で、有言実行。
大賢者
《解析が終了しました――
ピポクテ草 : 傷薬の原材料。魔素の濃厚な場所にしか繁殖しない。草の汁と魔素を融合させると回復薬になる。葉をすり潰し、魔素と融合させると傷を塞ぐ軟膏になる。》
 何ぃ!暇潰しに貯めに貯めた雑草が……。
 思わぬ所で、棚から牡丹餅というヤツだ。
 僕は早速、回復薬と傷薬の作成を実行した。といっても、体内で勝手に作成されてるから実感はないけど。解析には一秒もかからなかったし、作成するのも三秒もかからずに一つ出来た。五分あれば百個はできる。
 品質は比べるものがないのでよくわかんないけど、鑑定したら"上品質"となっていた。
 満足する出来栄えなのだろう。てか、解析にしろ作成にしろ、ものすごく速い。問うと、普通はもっと時間がかかるらしい。並列演算をリンクさせて正解だったようだ。
 試しに、リンクを解除して一個作成してみた。五十分かかった。
 恐ろしく短縮されていた。
 どうやら、相性のいいスキルをゲットできていたようだ。無自覚だったけど……。
 中には雑草も混じってはいたが、ここに生えている草はほぼピポクテ草のようだ。
 いざという時に備えて、ここにある草を全て食べる勢いで捕食を開始した。
 それと同時に、胃袋の中ではせっせと回復薬も作成しておく。
 何といっても、未だ真っ暗の中。他に出来る事などないのだから……。
 この時の僕は、完全に気が抜けていた。
 自分のスキルであり、受動的だとはいえ質問に答えてくれる相手が出来た事で、調子に乗ってしまったのもある。
 この九十日、全く他の生物に遭遇した気配もなく、命の危険もなかった事も一因だろう。
 何にせよ、僕は油断していたのだ。
 え?と思ったのは一瞬。
 自分の身体が不意に軽くなったような重くなったような……非常に不安定な状態に。
 もしかして……、水に落ちた?
 この九十日間、水滴が、身体に落ちてくる感覚はなかった。つまり、雨の降らない洞窟か、屋内にいるものと思っていた為、その可能性を全く考えていなかったのだ。
 川かなか何につるんと滑って落ちたみたいだ。屋内に川とかないだろうから、ひょっとすると洞窟内の地底湖とかそんな感じ……?
 さっきまでは、真っ暗闇で周りが見えない中、一歩一歩確かめて移動していた。
 それなのに、スキルの解説を受け調子に乗って『捕食者』のスキルで草を食べまくった結果、足元の確認を怠ったのだ。
 僕ってばいっつもこうだ。直ぐ調子に乗って失敗する。
 取引先でも、「任せて下さい!楽勝ですよ!」とか、調子のいい返事で気軽に仕事を請け負って、何度地獄を見たか。あのときの後輩たちの恨みがましい目が思い出された。
 大体、周りが真っ暗で何も見えてないのに、走り出す馬鹿がどこにいるんだと、自分に説教してやりたい。生き残ったら説教しよう。
 だがどうせ、後悔はするが、反省はしないのだろうけど……。
 というか、余裕あるな。
 バタバタさせたくても手足がない為、慌てたくても慌てる事すら出来ない、というのが現状なんだけど……。
 終わったな。
 短い人生、いやスライム人生だった。
 僕は直ぐにでも訪れるであろう息苦しさに備えるべく、覚悟を決める。
 息苦しさはやってこなかった。
 何で?もしかして、水中に落ちた訳ではないのだろうか?
 こういう場合は、困った時の『大賢者』だ。
大賢者
《解。スライムの身体は魔素のみで動いています。酸素は必要ではない為、呼吸は必要とせず行ってはおりません》
 そういえば……、意識してなかったけど、呼吸なんてしていなかった。
 なるほどねー。九十日かけて、一つ賢くなったよ!って、暢気のんきに感心してる場合でもない。
 水中に落ちたのは間違いないようだ。
 死ぬことはないようだが、困った事態なのはそのままである。
 どうしよう?
 浮いているのか沈んでいるのか、イマイチよくわからない。
 手足がないから、泳げる気がしない。
 底まで沈んだら、水底を這いずって地面まで戻れるだろうか?
 それとも、浮きも沈みもせずこのまま流されるのだろうか?
 流されるというより、揺りかごにいるような感覚。小さな揺れに抱かれて、とても心地よいのだが……。
 これは、水の流れはないな。川というより、湖っぽい。どこかに流されているという感覚がないのだ。浮いたり沈んだりで、底まで沈む気配もなかった。ひょっとすると、ずっとこのままかもしれない。これは非常にまずい事態である。
 どうしよう。
 その時、僕の脳細胞=スライムの身体が、恐るべき作戦を思いついた!

 水を大量に捕食して、ウォータージェット推進のように吐き出して移動すればいいんじゃね?
 思いついたら即実行。それ以外に出来ることもないのだし……。
 取り敢えず、『捕食者』の胃袋の一割程度を満たす分量だけ、水を飲んだ。
 そして水量を絞りつつ、一気に放出する。
 解放感がスゴかった。
世界の言葉
《スキル『水圧推進』を獲得しました。》
 突然脳内に声が響いた。
 意識して初めて聞く。これが、"世界の言葉"なのだろう。
 『大賢者』が話しかけて来る事はないから間違えようがないが、本当にそっくりな感じだった。
 だが、今の僕にのんびりその事を検証する余裕は微塵もない。
 水圧が増すとともに圧迫感が身体にかかり、それこそ空を飛んでいるのかという勢いで身体が前方に打ち出される。凄まじい加速感だった。
 突然脳内に声が響いた。
 意識して初めて聞く。これが、"世界の言葉"なのだろう。
 『大賢者』が話しかけて来る事はないから間違えようがないが、本当にそっくりな感じだった。
 だが、今の僕にのんびりその事を検証する余裕は微塵もない。
 水圧が増すとともに圧迫感が身体にかかり、それこそ空を飛んでいるのかという勢いで身体が前方へ打ち出される。凄まじい加速感だった。
 ぶっちゃけ、目が見えなくてよかったかもしれない。
 真っ暗な中を、身体がものすごい速さで移動している感覚だけが僕を襲う。
 訂正。見えたら見えたで恐怖が半端じゃないだろうけど……見えないのも激しく怖かった。
 レジャーランドの暗がりの中でのジェットコースターを体験したことがあれば、少しは共感が得られるかもしれない。
 前世で一度だけ兄ちゃんと体験した、某ネズミーランドでの体験がフィードバックされる。もっとも、今回の場合は安全が全く保証されていないのだ。
 ウォータージェット推進を思いついた自分を殴り倒したい。
 思いついたら即実行?馬鹿か!安全確認は基本だろうよ!!
 恐怖で思考がうまくまとまらない。
 いつまでこの加速感が続くのか……。てか、どんだけ勢いよく水を吹き出したんだ。
 そう思った矢先、勢い良く身体が跳ねた。そして襲い来る激痛……、はこなかった。
 あれ?ダメージも受けてないような……あるいは、ダメージはあるが、痛みがないだけ?
大賢者
《解。『痛覚無効』を獲得している為、痛みは発生しません。『物理攻撃耐性』によるダメージ軽減が適用されました。身体損傷率は一割です。モンスター"スライム"固有スキル『自己再生』が発動しました。ユニークスキル『捕食者』での補助を行いますか?            YES/NO 》
 痛みがないだけで、ダメージはあるのか。そりゃそうか……いいのか悪いのかわからないけど、痛みがなくても不具合に気付けるなら痛みなんて要らないかも知れない。
 で、『捕食者』での補助?良くわからないけど、取り敢えず"YES"
 その瞬間、自分の身体の一部がごっそり減ったような感覚がした。そして、暫くすると徐々に元の体積へと戻ってくる感覚。
 どうやら、ダメージを受けた部分をごっそり捕食し、解析と修復を行った模様。
 何て便利な身体なのか……。今度、どれだけ減らしたら行動不能になるのか実験してみるか。身体が何割か減っても活動に影響はないようだし……。といっても、危険な事になる予感しかしないので、程々にしよう。
 うん。流石さすがに、僕も慎重になったものである。
 今回は、大量に回復薬もあったのだが、使うまでもなかった。
 何にせよ、身体の一割程度の損傷といえば重傷だと思うのだが、十分程度で回復可能なことが判明した。今度、ダメージを受けることがあったら回復薬を使ってみよう。
 で、ここはどんな場所なんだろう?
 身体の具合が元通りになったのを確認して、辺りの様子を窺ってみる。
 ここらに危険がモンスターがいないとも限らない。
 水の上に出たようだし、水を渡れないモンスターが生息していても不思議ではない。
 僕は慎重に行動を開始した。
 最近、慎重と言う度に危険な事態に陥っている気がするけど、きっと気のせいだろう。
 そう思ったのが悪かったのだろうか……。
???
(聞こえるか?小さき者等よ)
 何かが聞こえた。

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