あの男性のことを思い出して、ふと笑みが零れたとき、
車を運転する母親がミラー越しにそう言った。
「いや、べつに?」なんて誤魔化しようのない声色で答える。
これから1週間ぶりに病院でリハビリをする。
"支えがあるからといって、あまり頻繁に足を使ってては治りが遅くなるかも"ということで、
病院での歩行練習は1週間に1回ということになったのだ。
だから、病院に行けるのも1週間に1回。
その日が、やっと来た。
でも、俺はリハビリが楽しみなんじゃない。
あの人に会えるかもしれないのが楽しみなんだ。
今日もいるかな…
***
そう言う母親に手を振り、車椅子をこぐ。
病院に着いたものの、
リハビリの時間まで少し間があるということで、
近くの公園でも散歩しようと車椅子を進めた。
***
初めて来たが、雰囲気の良い公園だ。
秋ということもあって、辺りはオレンジや赤で染められていた。
歩きやすく作られたコンクリートの道を、ゆっくりと車椅子で進む。
綺麗だなーなんて思いながら景色を眺めていると、どこからか歌声が聞こえてきた。
自然と耳を澄ます。
聞いた事のない曲だったが、違和感なく脳に入ってくる。
" そばにいて "
" 僕と約束して "
" 触れたら飛んでいってしまいそうで "
" 壊れてしまいそうで "
" 怖いんだ "
" 時間よ止まって "
" この瞬間が過ぎてしまったら "
" 無かったことになるんじゃないか "
" 君を失うんじゃないかって "
" 怖くなるんだよ "
その歌に、歌声に、強く惹かれた。
車椅子を進める手は自然とそちらへ向かっていた。
俺が1週間会いたかった人が、そこに居た。
金色の髪は木漏れ日に照らされ、
まるで天使のように秋の風に吹かれていた。
気づいた時にはなんの躊躇いもなく声をかけていた。
男性はこの間と変わらず、驚いて体を跳ねさせた。
覚えてもらえてることが嬉しかったとともに、
少し聞いた声だけで人のことを覚えられるんだなと関心した。
男性はやはり、目を瞑ったまま俺の方を向いてそう言った。
「いえ…」なんて照れながら近づくと、男性はこちらに手を差し出してきた。
伸ばされた手に対して何をすればいいのか分からず迷っていると、
男性は察したように微笑んだ。
俺はその言葉に驚いた。
きっとこの人にとっては普通のことなのだろうが、
その言い方と声色のせいで、
なんだかプロポーズのように聞こえたからだ。
彼は申し訳なさそうに肩を落とした。
こんな時に明るく"大丈夫ですよ"なんて言えたら良かったのだろうが、
その言葉は違うんじゃないかと思ってしまった。
彼は"ひとりぼっちが怖い"と言った。
目が見えないからというのもあるのだろう。
でも、なんだか、他に理由がある気がした。
かける言葉が見つからず戸惑っていると、
また、男性は察してくれた。
自分のより一回り程小さくて可愛い手が再び差し出される。
今度は迷わずにその手を取り、握手をした。
***
その後は、20分ほど話していると
リハビリの時間が来てしまい、
ジミンさんに渋々別れを告げた。
その20分の間に知れたことは、
ジミンさんは定期検診が俺と同じ、一週間に一回だということ。
音だげ頼りに歩く練習のため、車通りや人通りのない
比較的安全な病院と公園の道は1人で行き来していること。
歌が好きで、知人が作った曲をよく歌うこと。
(いずれ自分でも作曲してみたいと言っていた)
ジミンさんの方が俺より2つ年上で、弟さんは"双子の弟"だということ。
ジミンさんと話をするのはとても楽しかった。
言葉の節々に上品さや性格の良さが現れ、
何度も俺を気遣ってくれた。
その反面、動作が可愛らしく、
楽しかったり面白かったりすると足をバタバタさせて笑ったり、
考える時は頬に手を添えたりした。
俺の去り際にジミンさんが言った、
「また話しましょうね」
という言葉に俺はとてつもなく嬉しくなった。
Next.
活動し始めて初の
スポットライトというものをいただきました…!
本当に嬉しいです、ありがとうございます…!
「윤정우」さん!読み方は ゆんじょんう さんでいいのかな…?
かむさはむにだ!
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。