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第95話

第80話 最悪な後味
27
2026/02/28 12:00 更新
 第80話です。そろそろ100話が見えてきましたかね?今回はそこそこ早めの更新ができてうれしい限りです。

 さて、前回はホロベーダーについての新情報を踏まえつつ、【エルフ】や『復権派』などという新しい言葉が登場しました。特に前者については、【不知火フレア】の名と共に読者の皆様の関心を集めたことと思います。しかし、それ以上にふぁんたじあでの異変や、まだ見ぬ青人の怪しい行動について気掛かりになる事ばかりです。
 そして、最後にぺこーら女王が見せた意味深な台詞……その理由が、今話で明かされるのでしょうか?

【追記】
 久々の正しい意味での追記です。実は、転ラプを書き始めてからこういうのは初なのですが、物語に関係するある設定を変更させていただきました。それについての該当話は第二章第36話で、その内容は『ふぁんたじあの民が衛星コメットに移り住んでから経過した年数』についてです。元々約80年と表記していたのですが、それについて後から諸々を加味し計算し直すと間違っていたことが判明しました。正しくは約六十年となります。これについては今話でも少し触れていますが、詳しいことは今後の物語展開を見つつご確認くださいませ。

↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba


~~~~~~


 ──その日、吾輩は久しぶりに夢を見た。







 相変わらず、何も見えなくて。
 喉が掠れているわけでもないのに、声が出ない。





 揺れる水面に意識をさらわれて、とても心地良い感覚。
 なのに、どういうわけか胸がザワついて、とても落ち着けそうになかった。





 苦しくはない。苦しくは、ない、はず……なのに。
 何故か、自身をこれでもかと締め付ける存在があるような気がした。……凄く寒い。








































 また、誰かがそこに来た。
 ゆっくりとこちらに近づいて、一人で何かを呟いている。







































 ──やっぱりそうだ。
 自分は、この声の主を知っている。あれは、確か……。

































































「──待っててね、ラプちゃん。僕が必ず、総帥を助けるから」


[newpage]


 ……holoXが衛星コメットに到着してから、翌日。
 秘密結社総本部のある地点にて、悪魔は片膝をつき頭を垂れていた。

 静寂に包まれた人気の少ない敷地内。そこに広がるのは、等間隔に並んだ石標群。
 そんな何の変哲もない、”誰か”の寝床を前にしてラプラスは両手を合わし祈りを捧げていた。

 ───そう、ここは秘密結社holoX内に存在する埋葬の場。

 ……といってもそれほど大層なものではなく、亡骸の一部とその者が生きた証を小さな壺に詰め、墓下に埋葬しただけの墓所である。holoXでは組織の価値観やその成り立ちにより『宇宙葬』が主であるが、それでも今は亡き彼らを称えたいという観点からささやかな墓石だけが設けられた。
 故に、ここはそんな死者を……否、組織のために戦った『英雄たち』を弔うための場所。

 ──そこに、この悪魔は毎日決まった時間に通っていた。
 ”あの日”彼女たちの襲来によって失われた、今なお自らの勝手と我儘により浮かばれないであろう魂に、その贖罪をする為に。

「……。」

 目を瞑ったまま、彼女は動かない。まるで神に祈りを捧げているかのように、絶えず心の内で懺悔を口にしている。今自分は、己の為に戦ってくれた彼らの行いを否定するような選択をしているという自覚を持って。

(……本当に、ごめんなさい。……でも、例えこの世界で先輩方が敵であったとしても、吾輩にはどうしてもそう割り切ることが出来ないから……)

 実際には口に出せぬ、自身の正体を告白しつつ今は亡きその者たちへの贖罪を告げる。我々holoXは今後、彼らにとっては自分の仇そのものであるはずの宝鐘海賊団と手を組み、協力して『大きなこと』を成し遂げようとしている。けれどそれは彼らにとって、また声には出さずとも不満を持つ者達にとって、とても納得のできる話ではないだろう。

 ──でも、それでも吾輩には、お世話になった先輩方を見捨てることなんてできないのだ。
 侵略者たちに奪われ、悲しみと苦しみに包まれるあの人たちを放っておくことなんてできない。これまで多くの人々を傷つけてきた悪魔が一体どの口で言っているんだと思われるかもしれないが、それでも吾輩はやらねばならないのだ。……それこそが、この世界において異物である自分がすべきことだと信じているから。

 ……だから、今だけは彼らには目を瞑っていて欲しい。納得はできないかもしれないが、それでも吾輩の可愛いわがままだと思って受け入れて欲しい。──せめて、それだけの贖罪と償いは心から果たすから。


「────。」


 傍から見ても、変わらず悪魔は黙って墓の前で手を合わせていた。
 しかし彼女は、毎日決まって同じようにそうしている。誰もが納得いかないであろう決定を下したあの総帥が、他にもちらほら人の目に付くその場所で。……誰の声も届かないであろう程、必死な様子を見せながら。

「……ラプ殿、そろそろ時間でござる」

 そんな状態から、数分……或いは数十分経った頃、彼女に対してそう声が掛かった。
 またそれを受けて、ラプラスはようやく深く地面に突き刺していた膝を持ち上げる。

「──あぁ、そうだな。」

 冷たい墓石を見下ろしながら、ラプラスは口を開く。まだまだ彼らには言わなければいけないことが沢山あるが、ひとまず今日のところはこの辺りにしよう。……吾輩には、やらねばならないことがある。

「今日は、いつもより少し長めだったでござるな」

「……まぁな。もしかしたら暫く本部には帰って来られないかもしれないし、今の内にと思って」

「確かに、そうなるのかも。……それじゃあラプ殿、宇宙船に向かうでござる」

 部下の言葉に、ラプラスは小さく「うん」とだけ答えた。
 しかし、その場から去り行く最中にも、悪魔の心には後ろめたさだけが残り続けるのだった。


~~~~~~


 ────新生ぺこランド、城前の広場。


 本日、この時間より『女王兎田ぺこら様から緊急の演説がある』、という報せが国中に走った。
 またそれを受け、数刻前から広場にはちらほら人の集団が見られるようになり、そして今となっては目を見張るほどの大観衆となっていた。恐らくは来られるだけの、今この国に存在する全ての国民がこの場所に集まっているのだろう。……それだけ先日のホロベーダーの一件や、昨日空に”突如として現れた”『巨大な丸い物体』の存在は、少なからず彼らに影響を与えたであろうことが窺える。

 ……従って、ここに居る人々の多くは険しい顔をしていた。
 不安そうにする者や、何かを訝しむような者。はたまた国の在り方に疑問を持つ者や、女王に対して怒りを露わにする者まで居る。彼らの多くの共通点は、一様に『負の感情』に囚われているという事だ。……まあ、そうなっても無理はないのだろうけれど。

「──ね、ねぇ、船長……大丈夫かな、ぺこらちゃん……」

 ……そんな民衆の様子を、私達は城の窓から見下ろす様に眺めていた。
 すると、隣で同じように事の成り行きを見守っていた、可愛らしい愛娘がそう聞いてくる。しかしその表情は、眼下の国民にあてられかなり不安そうであった。

「……まあ、信じるしかありませんね。昨日のぺこらの様子を見るに、あの子なりの『考え』があるようでした。ですので、恐らく何とかしてくれるでしょう。……どのみち、私達は進むと決めたのなら決死の覚悟で進まねばならないんですから」

「……そっか」

 だが、そんな娘に対し私はほんの気休め程度のことしか言えなかった。それは、それだけ事は重大かつ複雑で、その全てを国民全員が納得することなどあり得ないと分かっていたから。……そして、そんな軽い言葉では不安の拭えないあくたんは、変わらず暗い顔をしたままだった。

 ──彼女の持つ不安はもっともであり、そして私自身も似たような気持を抱かざるをえなかった。
 現状、先日発生したホロベーダーの突発的な襲撃事件に対し、王国側は『C地区の放棄』という決断を下している。それ自体も元々そこに住んでいた人々、またその知人からすれば受け入れ難い事実であることは承知であるが、更にそこから数週間我々は国民の生活を圧迫し続けていた。……これといった戦果も挙げられぬままに。

 当然、コメットからホロベーダーを一切排除することは、この星に住む全ての住人の総意であろう。だが、それはあくまで大きな視点で見たときの話であり、戦いに参加もしなければただそこに住まざるを得ない一般市民にとっては、そんな事より明日食う食料事情の方が重要なはずだ。我々がどれだけホロベーダーの駆除に尽力しようとも、結果を残せないのであれば彼らにとって王国は”無能である”と判断される。
 それだけ、国民の緊張は既に最高潮にまで達していた。

 ……従って、この星内の状況は非常にマズく一歩間違えれば『反乱』が起きてしまってもおかしくはなかった。
 とても受け入れ難いし、こちらの立場としては理解にすら苦しむが、それでも追い詰められた人々の”民意”というだけでそれは容易く実行されてしまう。そういう歴史を私達はちゃんと知っているのだ。────だからこそ、今回のことを受けての女王の第一声は、皆にとってとても重要なものになる。

「ッ……頼むぞぺこら……!! お前の言葉に、この星全員の命が掛かってる……」

 誰に聞かせるでもないそんな独り言が、小さく彼女の口から漏れ出した。


 ────そして、定刻に至り国中に城内の鐘が響き渡る。


 ゴーン、ゴーンと繰り返し鳴る鐘の音。巨大な人参が突き刺さった白い城の、最も上の階層。尖った天辺に設置された大きなベルが、国民全員の注目を集めた。


『────皆の者、静まれいっ! ……只今より、女王兎田ぺこら様よりお言葉を授かる。静聴せよ!』


 続けて、城前に設置された音を拡大させる魔法具から、大臣か誰かの声が発せられた。
 この声、またこれから始まる演説は全て国中の至る所で放送されることになっている。つまり、女王のお言葉は一言一句ぺこランド内に居る住民全員の耳に入るということだ。……だからこそ、失敗はおろかほんの僅かな失言すら許されない。

 私はそんな、これから話を聞く大半の者たちとは違う緊張感を抱えながらに、静かにその時を待っていた。
 ──そして、あまりにも張り詰めた空気の中、『彼女』は堂々とした立ち振る舞いで城上部の演説台に現れたのだった。


『────。』


 小さく、キーンという音が走った。
 またそれに反応する様に、大勢の観衆が静まり返る。

 そこに立っているのは、既に見慣れてしまった白いドレスに身を包む我らの女王。そんな彼女の言葉に、皆が耳を傾けていた。……まず初めにこの兎の王は何を語るのだろうと、まるで値踏みでもするかのように。


『────親愛なる我が新生ぺこランドの民、この星に住む全ての者たちよ。……落ち着いて、私の話を聞いて下さい』


 しかし、そんな不穏な空気は一瞬にしてかき消えてしまった。
 なぜなら、それは普段の演説でさえ”日頃の悪態”を崩さぬあの女王が建国史上初、丁寧かつ誠実な口調で演説を始めていたから。

『……皆様。どうか今一度、冷静に私の言葉に耳を傾けてください。──これから私が語るのは、この先我々全員が辿る運命を左右するものなのですから』

 マイク越しにはっきりと告げられる、女王の言葉。そして今のところ、誰一人それに反発する者は現れなかった。

『まず、女王である私の口から直接、この国の現状を伝えます。……現在、この新生ぺこランドは五つに分かれた生存圏の内、その一つをホロベーダーの発生・侵略により放棄している状況にあります。またそれに際し計七回の討伐先遣隊を組織しましたが、皆も知っての通り未だC地区奪還には至っていません。──それどころか、我々はホロベーダーに挑む度に多くのものを失い続けています』

 手始めに、女王はこの国の現状について語りだす。それは人々が勝手に得てきた情報もあろう中で、彼女の口から今の正しい状況を伝えるために。

『……更に、惑星ふぁんたじあに向かった調査隊と、先日物資補給の為遠征に向かった宝鐘海賊団より、ホロベーダーに関する新たな”悲報”が発覚しました。────原因は不明ですが、彼らの活動が活発化してきているという事実があります』

 それについては、国民にとっては初めて明かされた事実であった。昨日の話し合いを経て、それは王国側が正式に認める事項となっている。
 それ故に、観衆からは僅かな悲鳴のような声が上がった。

『その影響は我々に多大な被害をもたらしており、既に宝鐘海賊団の船一隻とふぁんたじあの調査隊一団を帰還不可能な状況に陥らせました。……つまり、我々はホロベーダーに対抗する大きな戦力を欠いてしまったのです。ただでさえ、今までにたったの一度も勝つことが出来なかった相手に対し、これからはこれまで以上に不利な戦いを強いられることになります。────断言しましょう』

 そこまでを言って、女王は一度口を噤んだ。
 そして、それにより演説を聞いていた者達が一様に、息を呑む。


『──このままでは、我々は滅びます。ふぁんたじあから来た者も、元々この星に住んでいた青い者達も同様に。所属も、種族も関係ありません。等しく、命ある者は彼らの餌食となって、永遠に救われぬ魂となりこの世を彷徨い続けることになります。……それが、この国の運命であると私は確信してしまったのです』


 ハッキリと、女王はこの国の破滅の未来を口にした。
 このまま何もせずにいれば、我々は為す術もなくホロベーダーによって滅ぼされる。……そして、その動かざる事実を前には例えどんな不満を持つ者であっても、否定の言葉は上がらなかった。
 それどころか、その声を聞いた誰もが言葉を失う。

『──そこで、皆様に問います。……”このままで良いのか”と』

 ……しかし、そんな彼らに対し女王は続けた。
 誰もが口を噤み、下を向きかけていた最中。彼女は確たる意思のようなものを持ちつつ、国民に問いかけた。

『ふぁんたじあの民がこの星に移住してきてから、既に六十と八年の月日が流れました。そんな中で我々は、元々コメットに住んでいた青の民に多大な迷惑を掛けながらも、共存共栄を目指しなんとかここまでやってきました。……しかし、そんな我々の上っ面だけの共生も、ホロベーダーの進行の前には全てが無意味です。ただ生きたいと願う者達も、平穏を望む民草も、”ステラ”復興を狙う彼らでさえも。心から願う希望は絶やされ、実に立派な思想や信念は奪われる。────今一度、皆に問います。それでいいのですか?』

 再度、兎の女王は皆に問いかける。
 この放送を、今彼女の声を聞いている全ての同胞たちに向けて。



『──私なら、心からこう答えます。……”否”であると。』



 そして、その答えは女王が口にするまでもなく、皆が一様に思っていることであった。

『……私は、そんなことは決して認めません。何故我々が侵略者に屈し、未来を絶やされなければならないんですか! ……私は諦めません、ホロベーダーに奪われたその全てを取り返す日まで。例え自分がこの国の仮初めの王に過ぎなかったとしても、これまで民を率いてきた責任と矜持に誓って最後まで戦います!!』

 力強く、彼女は国民たちの言葉を代弁する様に、そう宣言した。
 誰もがそう思っている、悪いのはホロベーダーであると。ふぁんたじあの民がこの星に逃げなければならなくなったことも、その結果コメットの民に共存を強いてしまっていることも。多くの命が奪われ、人々が悲しみに包まれていることも。明日の食事すら満足に得られぬことでさえ、その全ての責は他でもない侵略者ホロベーダーにあるのだ。

 故に、我々は奴等からその全てを取り戻すまで、戦い続けなければならない。例え長い歴史の殆どが敗北に塗りつぶされたものであったとしても、いつか来るはずのたった一度の勝利の日を迎えるまで、我々は諦めてはいけないのだ。……そうしなければ、私達には今心配している『明日』は来ないのだから。


 ────と、私を含めた王国側の半数の者達はそう思っていた。
 ────しかし、それに属さない”大多数”が、それと同じ意見を持っているとは限らない。


「……何を、いまさら。」


 誰かが、ポツリとそう呟いた。
 女王の演説が行われる、城前の広場の中で。そこに集まった大観衆は静かに彼女の言葉を聞いていたはずなのに、何故かそれだけがはっきりと響いたような気がした。

「っ……それは、まずい……」

 その声を聞いて、私は思わず心の内の焦りを表情と共に吐き出した。
 彼らが持つ緊張感や、王国に対する不満が募る中。大勢の人々が聞いている前で、その言葉は非常にマズいのだ。

「……そうだぜ。何が戦うだ」
「戦って勝てなかったから、今こうなっているんじゃないか……」

 案の定、誰かが言ってしまった不満に呼応するように、続けてまた誰かが言った。
 その流れは本当によろしくなくて、それでも既に立ってしまった波は簡単には収まらない。

「大体、今回の騒動だって王国側の問題だろ? ホロベーダーの赤子を保護するなんて言い出して」
「それに、奴等の活性化も王国がなにも刺激しなければそもそも起きなかったんじゃないか?」
「女王様の言いたいことも分かるけど、だからってこれ以上生活が苦しくなるのはねぇ……」
「そもそも、既に”勝てない”って結論は出てるだろ。なのに何を今更諦めずに戦うってんだ」

 次々に漏れ出す彼らの負の感情は、聞かされている身としてとても穏やかなものでは無かった。確かにもっともな意見もあると思える一方、もはや身勝手な文句でしかない言葉を投げる者も居る。
 そしてそれは、その場に少数でも居るであろう『戦うべき』と思う者達をかき消す勢いで、やがて大きな津波の様に民衆の意見を統一していった。

 ────この女王のしようとしていることは、愚行であり愚かな選択であると。

「……ホント、民衆って勝手なものですね。長いものに巻かれて、自分達が楽な方へ楽な方へ平気で意見を曲げるんですから。……敵意を向けるべき”相手”は明確だというのに、それが出来ない不満を身近な相手に向けて」

 眼を細め、城の窓から民衆を見下ろす私は思わず本音が漏れ出してしまった。こちらの苦労や必死さも知らないで、随分好き勝手言ってくれるものだと思わず彼らに苛立ちを覚える。

 ……けれど、それを大きな声で否定できないのもまた事実であった。
 我々には、そんな彼らに対して正当性のある反論を通すことも、それに準じた考えを提示し皆を納得させることも、それらを実行できるほどの功績が無い。ホロベーダーという存在を前に、私達はこれまで何一つ誇れる実績を挙げられていないのだ。
 だからこそ、こうして不満で沸き立つ国民を収める術がない。

「……ぺこら、本当に大丈夫なんだよな……?」

 私は小さくそう呟きつつ、演説台に立つ彼女の方に視線を向けた。娘にはああ言っていたが、私だって不安なのだ。確かに、昨日の議会の席でのぺこらには、何かしら考えがあるようであった。しかし、今こうして我々にとって逆境にある最中、それが果たしてどこまで効力を持ってくれるのか……。


『──確かに、皆様の意見はもっともです』


 マリンが女王に意識を向ける中、彼女は再び冷静に凛とした態度でそう言った。普段の本人の様子からしてみれば民衆の声にあてられ暴言を吐き出さないだけ驚きものであるが、それでもその口調から漂う嫌な静けさは妙に気にかかる。

『……これまで、我々は多くの犠牲を承知の上でホロベーダーと戦ってきました。ふぁんたじあに初めて彼らが現れたあの日から、その全てを滅ぼすことを夢見て奮闘してまいりました。今までに奪われた土地を取り戻す為に、また今日までに失われた者達に報いる為に、この国を率いる者として全身全霊を捧げてきたつもりです。──ですが、皆様の意見も理解できます。『それでこの結果なのか』と』

 力強く語る、我らの女王。
 しかし、その声音が少々陰った。

『この際、はっきり認めましょう。──私達では、ホロベーダーに勝てません。どんな策を弄し、どれだけ彼らのことを調べ上げようとも、我々の間にはその程度では覆せぬ圧倒的なまでの”差”があります。……ですが』

 ……だが、一度僅かに俯いた顔を、彼女は再び持ち上げる。
 その場に集まった大観衆を広く見渡して、覆せないこの『事実』を前に女王は静かに告げた。

『──ですが、それで諦めてしまえば我々はもう死ぬしかないではありませんか。この国にはもう、これだけの民を全員避難させることのできる宇宙船は存在しません。つまり、我々はもうこの星から逃げることすら出来ず、最後は僅かに残ったモノを人同士で奪い合いながら滅びゆくしかなくなるのです!』

 それは、もはや彼女なりの国民に対する訴えのようなものであった。
 先程彼らも口にしたように、我々ではホロベーダーには勝てない。だが、だからといってこの星に住む人々を全てここから逃がすなどということも、不可能なのだ。ふぁんたじあからコメットに移住するのとはわけが違う。直ぐに人が住める環境の星が見つかるとは限らないし、そもそもそれ以前に現状の我々にはもうそれだけ大きな宇宙船を用意することもできないのだ。
 ……故に、例えこの女王を愚か者と罵ったところで、破滅の未来は変えられない。


「「「……。」」」


 そして、案の定彼女のその言葉に反論を持ち出せる者は現れなかった。多少、小さな愚痴や文句は出ていたかもしれないが、それでも公の場で声を大にして言える程の正当性のある意見は出ない。

 そして、そんな彼らに対し女王は演説を続けた。


『────そこで、本日は私から皆様に最後の『提案』を持って参りました』


 その言葉に、勝手な民衆たちが僅かに反応を示す。

『それに従うかどうかは、国民一人一人が自ら考え選択してください。……ところで皆様、昨日から突如空に現れた、あの”巨大な物体”について気になっているのではありませんか?』

 そう言って、女王はこの国のはるか上空を指差した。またそれにつられるように、広場の者たちが次々に天を見上げる。……すると、そこには距離感も相まってふぁんたじあより一回り小さな、見慣れぬ小惑星のような何かが浮かんでいた。

 ────そう。それは昨日、この国を訪れた”彼女達”の乗る超巨大な宇宙船。

『……あれは、我々を遥かに凌駕する科学力を有した、ある集団組織が保有する”宇宙船”です。彼女たちの名は、【秘密結社holoX】。この広大な宇宙を股にかけ、多くの星々に影響力を持つとされる者達です』

 ここで初めて、我々王国側は空に浮遊する巨大物体について国民に言及した。
 当然、昨日いきなり現れたあの巨大な球体について、人々は多くの憶測や考えを巡らせていた。ホロベーダーを生みうる何かなのではないか、はたまた新手の侵略者なのではないか、と。……だが、それのどれが正解とも知れずに、彼らには一様に不安や恐怖を与えていた。

 ……否、あながちその考えは間違っていないのかもしれない。経緯や理由、議会の席での話し合いはどうであれ、彼女たちはこの宇宙で『侵略者』として名を馳せているのだから。

『そんな彼女たちは昨日、ひと月ほど前から行方不明となっていた宝鐘海賊団の二番船船長らを連れこの地を訪れました。そして当該者である潤羽るしあに詳しい話を聞けば、『彼女たちは自分たちを危機的状況から救ってくれた恩人』だと言うのです。また、そんなholoXを率いていたかの者は私にこう言いました。────『我々はここに、ホロベーダーを滅ぼしに来たのだ』と』

 それは、国民にとって女王が初めて公言する新情報であった。空に浮かぶあの物体が、とある秘密組織の保有する宇宙船であること。更に、その組織のトップが奴等を滅ぼすためにこの地を訪れたのだと言っていたことを。

 ……勿論、それがどこまで真実であるかは定かではない。が、少なくともそういう目的を持って、またそう明言することで我々にどんな影響をもたらすのかをある程度理解した上で、彼女たちは現れたのだ。

『そして、続けて彼女……秘密結社holoXを束ねる大悪魔と呼ばれるその少女、【ラプラス・ダークネス】は私達にある提案を持ち掛けてきました。──それは、『共に協力してホロベーダーと戦わないか』というものです』

 その提案が我々を大いに悩まし、また現状唯一この国を救える可能性を持つものであった。
 確かに、彼女達は怪しい。これまでの宇宙進出の中で多くのholoXについての噂を聞いてしまった以上、安易に彼女たちを信用するわけにはいかないのだ。……特に、あの角が生えた小さな総帥は。

 けれど、それらを加味しても絶望的な状況である私達にとっては、一縷の希望になり得る可能性を秘めていた。本当にあのholoXが私達に協力してくれるというなら、これ以上に心強い味方は居ない。

 だからこそ、女王はこの提案を民衆に持ち掛けるのだろう。

『──従って、私が皆様に提示したい最後の提案はこうです。……我々と共に、この降って湧いたような不確かな最後の望みに掛け、彼女らと共闘しホロベーダーを滅ぼしませんか?』

 それこそが、今回この演説で女王が訴えたい本題であった。

 自分達だけではもはや回避しようの無い、破滅の未来。それを覆すことも、抗うことも出来ないというのなら、せめて希望になり得るかもしれないそれに縋ろうというのだ。色々な懸念や不安なんかを全部すっ飛ばして、こちらの利害やその後の結果を勘定に入れず、ただこのまま何もしないで滅びるよりは”マシ”だろうというだけの何とも分の悪い賭けをする。

 それを、この女王は民達に問おうというのだ。強いるのではなく、あくまで『提案』という体で。……彼らにもまた、これから協力してもらわなければならないことが沢山あるのだから。

「……ホロベーダーを……滅ぼす、だって……?」

 そんな女王の問いかけに対し、国民の誰かがそう呟いた。しかしそれは困惑的で、やはりどちらかといえば否定的な印象を受ける。

「な、なぁ……今の話、あんたどう思うよ……」
「どうって、そんなこと急に言われても……」

「第一、そのほろっくす?って言うのは何なのでしょう。信用できるんでしょうか……?」
「さぁ……聞いたことは無いが、あの見た目だぜ? 怪しさとか云々より、怖さが勝っちまう」

 誰かが口を開いたのを皮切りに、再び彼らの間で意見が飛び交い始めた。女王の提案をどう思うのか。得体の知れないholoXとは何者か、信用できるのかと。……だが、どのみち人間というものは変化を恐れるもので、そして自分より上の立場の者から言われたことに対しては大半が”反抗的”である。

「……ていうか、もしそうするって決まったら今までより俺たちにしわ寄せが来るんじゃないのか?」

 それ自体は、確かに事実であった。
 確かに、この話は要は、今後も変わらず彼らに対し協力という名目で苦労を強いると言っているのと、同義である。苦しい生活を、血に塗れた戦場への出兵を。子供から老人に至るまで、使える労働力には余暇を与えないほどに彼らを使い尽くそうとしているのだ。そうしなければ我々は滅んでしまうという、一見正当性がありそうな免罪符を掲げて。

 ……従って、やはり彼らは反発する。

「奴等の赤子を研究の為に保護するとか言い出して、今度は突然現れた異星人に頼ろうって言うのか? 冗談だろ」
「そうだぜ。あれだけの被害を出しておいて、そんな都合のいい話俺たちが受け入れられるわけないよな?」
「それに、その何とかって組織の言ってることも意味不明だよな。確かに昨日変な格好した連中が城に入って行ったとは聞いたけどさ……」

 先程と同様、一度立った波風は直ぐには収まらず、容易く大きな流れへと変わっていく。その内容については正しいのか、間違っているのかはさほど重要ではない。第一に置かれるのは、それが結果的に自分達にとって良くなるのか悪くなるのか。だからこそ、どうせ悪くなるのだからダメ元でやってみようなどという選択肢は彼らには無い。

 そして、そんな思考が昂った民衆は、遂には我々に向け攻撃的意見を投げ始めた。

「おい国王軍、何とか言ってみろ! どーせまた負けて帰ってきて、勝てませんでしたって言うんだろ!?」

「そうだ! 国民の生活を何だと思ってる、俺たちは国の奴隷じゃないぞ!」

「答えてください女王! 本当にそれで俺たちは助かるんですか?! 絶対に、これ以上状況が悪くならないって保証があるんですか!?」

 それは実に身勝手で、それでいてこちらが反論しづらい訴えであった。
 無論、聞いているこちらとしては怒りを覚えずにはいられない。この国の現状を聞かされておいて、よくもまあ好き勝手言えるものだと女王に代わって口を挟みたいくらいだ。この状況を理解していて、私達が居ようが居まいがどうせ結果は変わらないというのに、まるで全てが我々の責任であるような勢いじゃないか。

 ……勿論、奴らに対し何も出来ない国民が、我々に文句を言いたくなるのは理解できる。ホロベーダーに多くを奪われた彼らには、それ以外に恨む対象が必要なことは納得できるのだ。実害をもたらす相手に何も出来ないのなら、せめて間接的にでも自分たちを不幸にする女王や国自体に悪態をつきたくなるのは分かる。

 ────でも、それじゃああまりにも、ぺこらが浮かばれない。
 自分本位で、本来ならそんな立場には死んでも立ちたくないと言うであろうあの子が、これまで必死にこの国を紡いできた。私自身も、そんな彼女に感化されてこれまで出来うる限りの協力をしてきた。……しかしその結末が、その見返りが、こんなものであるなんてあの子が可哀想過ぎるだろう。

「ぺこら……」

 そんな想いから、彼女は思わず全ての責を向けられる仲間の名を呟いた。

 誰かが言った女王に対する直接的な言葉に対し、未だ本人からの返答はない。故に広場は静まり返り、誰もが口を噤んでいた。皆が多くの文句や悪態を吐き出して、それを受け彼女が次に何と発するのか民衆は待っている。深い謝罪なのか、それとも弁明か。どちらにせよ、そんなもので自分達が満足するはずがないという、傲慢な考えを持ちながら。

『……皆様、言いたいことは済みましたか? ──では、それらに対し、女王として答えさせていただきます』

 暫くの静寂の後、女王は不意にそう告げた。
 それはやけに大人しく、彼女らしくない反応。

 そして、その様子に嫌な予感がしながらも、女王はマイクでも拾えるほどに大きく息を吸い始め────途端、演説台の柵に片足を乗り上げた。




『────どいつもこいつも、ゴチャゴチャうるっっせぇーぺこなんだよっ!!!』




 まるで、私たちの心の内を代弁するかの様に。彼女はいつもの彼女らしく、その立場に相応しくない口調でがなり声を上げた。

『あんた達、好き勝手文句ばっかり言いやがって……それで何かが解決するんかぁ!? これ以上悪くならない保証? そんなもんあるわけねぇーぺこだろ! 何度も言ってんだろ、ぺこーら達じゃホロベーダーには勝てないんだって!!』

 そんな女王の突発的な暴言に対し、民衆は黙り込んでいた。否、皆が呆気に取られていると言った方が正しい。まさか、あの状況からいつもの彼女の態度が現れるなど誰も思っていなかったのだろう。
 そして、彼らのその隙をいいことに、今度は女王自らが思っていたことの全てをぶちまける。

『おい! まさかこの期に及んで、本気で自分達の生活が苦しいのは国のせいだなんて思ってるやつはいねーぺこだろうな?! もしそんなアホが居るんならぺこーらの代わりやってみろよ、王座譲ってやるから。名乗り出ろ! そいつならホロベーダーを全部ぶっ殺して、この国救って、皆を幸せに出来んだろ!?』

 それは、聞いている者達の小さな反論すら認めないほどの、あまりにも理不尽な『開き直り』であった。確かに彼女らしいと言えばらしいのだが、流石の私でも引いてしまうほど度が過ぎている。

 ……だが、それでも確実に、文句を言う国民を一応の正当性で黙らせられているのだから質が悪い。

『あんた達! この惨状を見て、これまでの歴史を聞いて、いつまで自分達は関係ないってフリしてるつもりぺこか!? 夢見てんのはどっちだよ。今この瞬間、ここにホロベーダーが現れたらそれで終わり、それだけ追い詰められてんの!! 今日の夕飯の心配してる暇があんなら、そうならないように全員が黙って協力しろよ! ……ただし、それでもその日は必ず訪れる。例え今じゃなくとも、もしかしたら明日か明後日にでも』

 誰も何も言い返せないまま、女王の怒号だけが国中に響き渡る。至極真っ当なことは言っているが、それでもその言い方的にはまるで悪すぎる例の圧政だ。感情の赴くまま言葉を発する民衆に対し、上から押さえつけ殴りつけるような詰め理論の暴力。今日でこの国が終わると言われても不思議ではないくらいに、王と国民の関係が破綻しかけている。

 ──だが、そこまでを含めてが、我らの女王【兎田ぺこら】であった。

『何度でも言う、ぺこーら達だけじゃホロベーダーには勝てない。どんなに理不尽だと嘆こうとも、どれだけ力を尽くそうとも、その結末は変わらない。どーせ死ぬ。皆死ぬ。最後まで、一人残らず死ぬ。────だから、”殺されたくない”やつだけ私達に力を貸せぺこ。この地に生きる、明日を生きたいと思うやつは、この先今より苦しい思いをするかもしれないことを覚悟した上で、全力で協力して欲しいぺこ』

 そう、彼女は告げた。
 先程までの怒りに任せたような口調ではなく、はっきりと、それが女王の言であると誰にでも分からせるように。

『おい! ここまで言ってもまだ文句が言いたいやつ、聞いとけ! ぺこーらの言うことが聞けないとか、holoXが信用できないとかそういうのはもうわかったから、他に代替案が無いんなら大人しくしてろぺこだよ! ──そして、これから先私達が成すことを見届けてから、その結果に納得いかなかった時もう一度文句を言いに来てほしいぺこ。……まあ、その時までこの国があればだけど』

 荒ぶった言葉遣いのまま、女王はそう言い切った。死にたくない者は協力しろと、また文句が言い足りない者は一先ず結果を見るまでは黙っていろと。その責を問いたいのであれば、出来うる全てを出し切った後にしろと彼女は言うのだ。
 ……無論、本人の言った通りその時までこの国が存命しているならの話なのだが。

『──長くなりましたが、これにて女王の演説を終えたいと思います。念のため問いますが、まだこの場で何か私に物申したい者はおりますか?』

 言いたいことを全て吐き出した彼女は、いやに清々しそうにしていた。柵に乗り上げていた片足を下ろして、乱れた姿勢を正している。
 そして、まるで何事も無かったかのように王族としてあるべき態度を保ったまま、その問いかけの答えを待つように一拍間を置いた。

『……無いですか? ────では、以上ぺこです。』

 最後に、女王はそう言って身を翻した。そのまま城の中へと向かって、ツカツカと歩いて行く。
 そんな彼女の背にはあまりにも多くの視線が向けられており、それは本人にも分かっていることだった。こんな終わり方、理不尽に現実を突き付けられ最終的には黙っていろなどという、とても受け入れられるものではないのに。


 ──だが、それでも広場はその大衆に見合わぬ静けさのまま、その演説は幕を閉じたのだった。

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