目を覚ますと、そこは病院だった。
泣きじゃくる母親と、
「よかった」としきりに繰り返す父親。
それは漫画の世界で一緒に暮らしていた
似ている両親ではなく、間違いなく俺の実の両親。
聞けば、やはり俺はあの日のトラックにはねられていた。
幸い軽傷だったものの、
頭を強く打って一週間昏睡状態だったらしい。
あの世界で過ごした日々は、
転生ではなくただの夢だったのかもしれない。
そう思うほど、現実世界では何も変わりがなかった。
様々な検査を終えてベッドに横になった俺は、
改めてあの世界のことを思い返していた。
全部はっきり覚えてる。
目の前で推したちが話していたことも、
目の前で繰り広げられた漫画さながらの展開も。
そして、折原のことも。
そこまで考えた俺は、
点滴につながれている腕を持ち上げて
自分の手のひらを見た。
物語を壊そうとした折原の腕を掴んで
何度も止めた。
その感触を、俺は覚えてる。
子どもの様に泣く折原を抱きしめた感触も、
確かに覚えてる。
『ナチュラルデイズ』を知らないなんて言ってたけど、
あいつは絶対に知ってた。
知ってて壊そうとしていた。
俺と同じで、
『ナチュラルデイズ』のファンだったのかな。
だって、俺も思ったことがある。
『ナチュラルデイズ』は俺だけのものだって。
WEBで連載されている『ナチュラルデイズ』は
一定の人気がある。
だけど、周りで好きだと言っている人を見たことがない。
だから、俺だけの物語だって思ってた。
俺のための、物語だって。
なんて、それこそ夢物語のようなことを
考えてしまう。
夢だったとしても、
あの世界で過ごした時間は確かに俺の中にある。
だからもう、大丈夫。
久しぶりに登校した学校に、
俺をいじめてくるクラスメイトたちの姿はなかった。
事故の状況調査でいじめが発覚して、
あの三人は停学処分を食らっているらしい。
クラスメイトが話しかけてくる。
もしかしたら
いじめを黙認していたことに対して、
学校から指導があったのかもしれない。
だけど、三葉なら。真斗なら。
どうするだろう。
俺がそう答えたことに、
話しかけてきたクラスメイトは目を丸くした。
そうだよな。
このクラスで俺が自発的に何かを話したことなんて、
ほとんどなかったから。
俺をはねたトラックは飲酒運転だった。
てっきり俺がトラックの前に飛び出した気でいたけど、
トラックの方が歩道に乗り上げていたらしい。
幸い……でもないけど、
俺が事故に巻き込んだわけじゃなくてホッとした。
あ、巻き込まれた人がほかにもいなかったか
一応確認すればよかった。
とはいえ、両親も何も言ってなかったし、
怪我したのは俺だけだったんだろう。
あの幸せで不思議な夢を
誰とも共有できないのは少しだけ寂しいけど……。
もしかしたらまた、
夢で会えるかもしれない。
そしたら、折原ともっと話してみたいな。
────────────
うるさすぎないざわめきに胸を高鳴らせながら、
俺はとある本屋にいた。
事故から目を覚ました後も、
変わらず連載が続いていた『ナチュラルデイズ』。
以前よりもさらに心理描写が丁寧に描かれるようになり、
話の面白さも増す一方だ。
そして、ついに単行本化が決定した。
今日はその第一巻発売を記念して開催される
「花織ルラ」先生のサイン会なのだ。
嬉しすぎて本当に
読む用・飾る用・保管用で三冊買ってしまった。
そして、今日のサイン本で四冊目だ。
幸せ過ぎる……。
にやける顔を隠しもせずに列に並んでいると、
すでにサインをもらったファンが
何人も横を通り過ぎていく。
興奮した女の子たちのその言葉を聞いた俺は、
思わず振り返る。
そうこうしているうちに近付いてくる、俺の番。
あと四人、三人、二人、……。
やっと次だ、というところで、
花織先生の顔が見えた。
俺の前の人に優しく笑いかけている、イケメン。
丁寧にサインした本を渡し、
しっかりファンの目を見てお礼を言ったそのイケメンが、
こちらを見る。
嬉しそうに笑うその男は、
間違いなく折原成本人だった。















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。