第一章:限界の淵
夜の公園は、人影もなく静まり返っていた。
街灯の下、ベンチに座る朴オノキは空を見上げ、固く拳を握っている。
頬には疲れが刻まれ、かつての自由奔放な光はその目から消えていた。
遠くの茂みの陰で、二つの人影がその様子を見ていた。
鋭い眼差しのスパラキシスは眉をひそめ、腕を組む。
「始まったな……もうギリギリだ」
隣のキズィールは首を傾げ、涼しげな顔で呟いた。
「静かだな。こういう沈黙から話は始まるものだ」
朴の胸に渦巻くその原因は——天ヶ瀬。
それは人であり、運命であり、彼を追い詰める存在だった。
「俺……こんなんじゃ終われねぇ……!」
そのとき、視界の端に柔らかな光が揺れた。
朴が振り返ると、小さな影が宙に浮いていた。五角形の頭に、五本の短冊が風に揺れている。振袖のような腕をひらひらと動かす、不思議な生き物だった。
ボンバー。それは、無邪気な子供のような瞳で朴を見つめていた。
「ボクに、願いを?」
見ているスパラキシスは小さく息をつく。
——あれは危険な存在だ。
だがキズィールは微笑んだ。
——悪くない。この展開、面白くなりそうだ。
「叶えてあげる。ボク、願いを叶えるの、得意」
朴は鼻で笑い、短く言った。
「願い、ねぇ……じゃあよ、天ヶ瀬を消してくれ」
ボンバーは首をかしげた。
「天ヶ瀬……?」
「あぁ。俺の人生から、そいつを完全に消しちまえ」
虹色の羽衣がふわりと広がる。
「わかった。でも願いには代償がいる」
「なんだよ、それ」
「叶えたあと、生きるって、約束して」
その言葉に、スパラキシスは片眉を上げた。
キズィールは小さくうなずき、横顔の朴を見つめる。
「……その約束、のったぜ!」
羽衣が輝きを増す。ボンバーの口元には笑みが浮かんだ。
「じゃあ、願い、叶えるよ——」
第二章:消えた天ヶ瀬
次の瞬間、空気が変わった。
朴の胸にまとわりついていた重苦しさが、すうっと消えていく。
「……っ!?」
周囲の景色は変わらない。
だが朴だけが、世界から一つの存在が欠け落ちたことを理解していた。
天ヶ瀬——もう、この世のどこにもいない。
ボンバーが満足そうに言う。
「天ヶ瀬、いなくなった」
朴は立ち上がり、胸を拳で軽く叩いた。
「……俺、もう死なねぇ。約束だ」
羽衣を揺らし、ボンバーは夜空へと昇っていく。
「よかった、よかった! ボク、またね!」
そして星の光のように、闇へ溶けた。
茂みの陰で、スパラキシスは腕を解き、低く呟いた。
「……約束、守れよ」
キズィールは口の端を上げ、目を細めた。
「やっと笑ったじゃないか、あいつ」
朴は空を見上げ、久しぶりに口角を上げた。
「さて……次はどいつをブっ飛ばすか」
その笑みは、あの頃の自由奔放な彼のものだった。
——(終)
番外編・後日談:帰路の影
夜の公園を離れる二つの影があった。
月明かりを背に、スパラキシスは無言で歩く。ロングコートの裾が、砂利を踏む音に合わせて揺れる。
「……結局、お前は手を出さなかったな」
隣で歩くキズィールが横目で問いかけた。いつもの柔らかな声だが、その裏には好奇の色が混じっている。
「必要なかった」
スパラキシスは即答した。
「あいつは限界を迎えていた。だが……踏みとどまることもできた。ボンバーは、その一歩を引き出しただけだ」
「代償付きの願いを引き受けるなんて、なかなかじゃないか」
キズィールは口元だけで笑った。
「普通なら、ああいう条件を聞いた時点で逃げる」
スパラキシスは答えず、夜風に目を細める。
そして低く呟いた。
「約束は重い。とくに、命に関わるものはな」
キズィールは肩をすくめた。
「でも、あの笑みは悪くなかったろう。久々に見た“生きる顔”だ」
二人はしばし無言になる。
遠く、朴オノキの笑い声がまだ夜空の残響のように響いている気がした。
やがてキズィールが前を向き、軽い足取りで言った。
「……次にブっ飛ばす相手が、俺じゃなければいいがな」
スパラキシスはわずかに口角を上げる。
「それは、そいつ次第だ」
ふたりの足音が暗い路地に消えていった。
——(了)












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。