防寒着を着込み、俺は庭へ出る。縁側にはエデュリカと姉さんたちが、サーカスでも観るかのように座っている。
庭の真ん中には、母さんが静かに立っていた。月光に照らされ、髪はぼんやりと紅く染まっていた。
母さんはにこやかな笑顔を浮かべたまま、そっと俺の方へと近づいてくる。
俺も近づいた方がいいと思い、ゆっくりと近づいてゆく。手がお互い繋げられる距離まで近づくと、母さんは何も言わず、そっと身体を抱き寄せた。
耳に飛び込んできたのは、意外な一言だった。
母さんは優しく、俺の背中を叩いたり擦ったりしてくる。どうやら、俺は身構えすぎていたらしい。
肩の力がすっと抜け、俺は自然と頭を肩に預け、目をゆっくりと閉じた。
母さんは「そう、厳しいわね」と静かに返すだけで、それ以上は深く聞いて来なかった。
気の許せる人が少ないこの家で、唯一心を開けれるのは母さんだけだ。そう、信じていた。
ふと、お腹の辺りがジンジンと痛むのに気がつく。
俺は母さんを突き飛ばし、自分の腹を確認する。腹には一振りの脇差が、刃の根元までしっかりと刺さっており、肉と刃の隙間から僅かに血が滴っている。
地面に溢れた血は、母さんの髪と同じくらい紅く染まる。
母さんは楽しそうに手を広げながら、俺を刺さした理由を説明している。しかし、俺の耳にはそんな話は入ってこない。
脳裏にずっと「死ぬならさくっと死にたい」という強い決意だけが、何度も反響する。
地面に何度か倒れかけながらも、ゆっくりと姉さんたちの方へと離れる。今、家の中にいる人で、事情知っていそうなの は、それくらいしかいない。
ルナは両手をパチパチと叩きながら、歪んだ価値観を語ってきた。
ハズレを引いたと感じる一方で、早く刺さっている脇差を抜かなければならないという思いに駆られ、持ち手をしっかりと握る。
これを引き抜いたら、滝の様に血が溢れるだろう。抜けるまでに、とんでもないくらいの痛みも感じるだろう。
ただ、抜かなければならない。「見たくない、感じたくない」という理由だけで踏みとどまっていると、長く苦しむ事になる。だったら、いっそここで引き抜いて死んだほうが、マシだ。
ルナは「おー刺さってる刺さってる」と他人事のように話しながら、傷口をじっと見つめる。その瞳は、見たこともない昆虫や物を見つけた子供のものとそっくりだった。
彼女は何を思ったのか、腹にぐっさりと刺さっている脇差の持ち手を力強く握ってくる。
掛け声と共に、ルナは刺さっていた脇差を乱暴に引き抜いた。それも、単純に手前に引くのではなく、上下に乱暴に揺らした後、切り裂くように下に押し込みながら中身を引きずり出さんとする勢いで。
激痛が全身を駆け巡る。傷口は両手では覆えないほど広がり、指の隙間から絶え間なく血が溢れてきて、止まらない。
悪寒と吐き気が止まらない。
立っていることもままならず、俺は両膝を地面についた。痛みをどうにか逃がしたくて、俺は四つん這いになりうめき声を上げる。
ルナは手に持っている脇差を、さも当然のように傷口に差し込んできた。今度は持ち手も俺のお腹の中へと入り込み、取り出すには、傷口に手を突っ込まなければいけないだろう。
俺は震える手を傷口に近づけ、脇差を引き抜こうとする。
しかし、ルナがそれをやらせてくれない。彼女は殴るのと同じ勢いで傷口に拳を突っ込み、探るように手を動かしてくる。
あまりの痛さに、俺の身体は限界を迎える。意識はプツンと途切れ、身体は力なく地面に倒れる。
こうして俺は、人生初の死を迎えた。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。