第13話

13話
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2023/09/10 01:00
 サンシャインタウンのエレベーターに乗る。昼過ぎのせいかあまり人がいない。
 63階までノンストップであがれば、軽く耳の奥がつまる。
 ドアが開いてフロアに降りると、しん、と静まりかえっていた。このビルには300以上のオフィスが入っているはずだけど、なんの音もしない。けれど何万という人が存在する圧だけは感じた。
 エレベーターホールにフロアの案内図があり、それを見るとたくさんの会社の名前が並んでいた。
 ところが中にひとつだけ、空白になっている部屋がある。それが6311、つまり冬堂さんがアプリに残していた数字。場所は廊下の突き当たりだった。
ミコト
ミコト
ここにいったの……?
 わたしはホールから出て左右に長く続く廊下を見た。右の突き当りには窓、左の突き当りにはドア。
ミコト
ミコト
じゃあ左、か
 廊下を歩くとわたしのローファーの足音がやけに響く。わたしはいつも磨きこんでいる自分のローファーに目を向けた。
最初はスニーカーを履いていたわたしだが、「えらい人に会うこともあるので」と冬堂さんが靴を買ってくれた。柔らかな黒い革の靴で、足を入れただけで大人になったような気分だった。
 すごくお値段がよかったので最初はびびったが、冬堂さんが「靴だけは妥協しちゃだめだ」と教えてくれた。
冬堂
冬堂
マネージャーの仕事はとにかく歩くからね。それにどんな場所に行くかわからない。靴がボロボロだと印象が悪くなるでしょう? 足元を見る、って言葉は知ってる?
 わたしは知ってると答えた。
冬堂
冬堂
もともとは相手の立場が弱いのをみくびって、という意味だけど、靴によってその人の性格や立場、身分なんかもわかることがある。それに健康は足から、だしね
 そう言ってわたしの足に合う靴を時間をかけて選んでくれた。他人にこんなに親切にされたことがなかったわたしは、涙が出そうだった。
その冬堂さんの身になにかあったら……。
 つきあたりの部屋のドアの前についた。やはりドアのプレートには6311と数字が打たれているだけで、社名などなにも書かれていない。
 ノックしようと手をあげると、内側でガチャリ、とロックが外れる音が聞こえた。そしてすうっとドアが開く。
ミコト
ミコト
……
 私は一度大きく息を吸って部屋の中に入った。


ミコト
ミコト
冬堂さん……いますか?
 部屋の中は真っ暗だった。窓のブラインドが全部降りているからだ。そして中にはなにもない。会社ならデスクやイスや棚なんかあるだろうに。
 がらんとした室内にはただ一つ、いや、一人か。ひじかけつきの椅子の上に座った冬堂さんだけ。
ミコト
ミコト
冬堂さん!
 わたしは部屋の中に駆け込んだ。冬堂さんは椅子の上でぐったりとした様子でうつむいていた。肘掛けに両腕を、胸と腰にもロープを回され、背もたれに縛り付けられている。
ミコト
ミコト
な、なんでこんなこと……
 言いながらわたしは冬堂さんを拘束しているロープをほどこうとした。だけど固くて指でひっぱっても解けない。
ミコト
ミコト
はさみかカッターがいるわね
 だが周囲を見回してもなにもない。
ミコト
ミコト
……仕方ない。冬堂さん、ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、我慢してくださいね
 わたしは冬堂さんが縛り付けられたままの椅子を、背もたれを持ってガラガラと押し始めた。このまま廊下を過ぎてエレベーターに乗ってしまおう。このフロアはいやな感じがする。
 部屋の外までもう少し、というところで、バタンとドアが閉まった。
ミコト
ミコト
え、
 そのドアの前に、見知らぬ男がいた。三つ揃いのスーツに英国紳士のようなつばのある帽子。いや、外国人なのか、暗い部屋の中でもわかる白い肌に彫りの深い顔立ち。
ミコト
ミコト
だ、誰!?
 男は答えず一歩こちらに近づいた。
ミコト
ミコト
あ、あんたが冬堂さんをこんな目に遭わせたの!? なんで? なにが目的なのよ!
 また一歩、二歩、と近づいてくる。背中がぞくぞくと怖気だった。この感覚はあれに似ている。タクミに吸血されるときと。
ミコト
ミコト
(そんなバカな)
 見知らぬ男を見てタクミを思い出すなんて。
ミコト
ミコト
どいてよ!
 もう腕を伸ばされたら捕まるところまで近づいた。わたしは持っていたバッグに手を突っ込むと、痴漢撃退スプレーを取り出した。
ミコト
ミコト
どけって言ってんの!
 わたしはそれを相手の顔に向けた。にんにくととうがらし成分の入ったスプレーが白皙の面に勢いよく噴出される。
見知らぬ男
見知らぬ男
ぎゃあっ!?
 男は顔を覆って床の上に倒れた。まるで殺虫剤がかかった虫のように、ぐるぐると床の上で回り足をバタバタさせる。
 わたしはその隙に横を通ってドアを開けた。
見知らぬ男
見知らぬ男
お、おのれ!
 男が顔を押さえ立ち上がろうとする。わたしは振り返るとそいつの股間を狙って、思い切り蹴り上げた。
見知らぬ男
見知らぬ男
ぎゃあああっ!
 さっきとはまた様子の違う悲鳴を上げ、男が倒れる。さすが冬堂さんの選んでくれたローファー。履き心地は柔らかいのに造りは頑丈。
 わたしは勢いよく冬堂さんの乗った椅子を押して廊下に出た。
ミコト
ミコト
(このままエレベーターまで……!)

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