聞き返した時にはもうリンは帰ってしまった。
ショウは訳も分からず肩をすくめた。
ショウは1人でバカバカ言いながら階段を上り仕事部屋へ向かった。
机からスケジュール帳を引っ張り出して明日の予定を確認する。
先の予定まで確認すると、1週間後に予定が入っていない日が丸2日ある。
ショウはその空欄になった2日を見てため息をついた。
普通は休み、それも丸2日あると嬉しいもの。
しかし彼は逆。
国際指名手配犯の身であるため容易く出かけることは出来ないし、彼は仕事を生きがいとしている。
成功報酬や依頼料を貰えるから毎日毎日仕事をしている訳では無い。
息抜きとして仕事をしているのだ。
そんな彼にとって休みの日はむしろストレスの溜まる日なのだ。
彼の仕事は毒盛り屋。
名前のインパクトとは裏腹に、とても繊細な仕事である。
"ターゲットに気づかれることなく接近し、自分なりの美を表現しながら確実に殺める。"
殺し屋の中で1番美しい仕事だ。
いくら空欄のスケジュール帳を睨みつけても予定は埋まらず、ショウは小さく舌打ちをした。
その時………
『ピンポーン』と玄関から聞こえた。
こんな夜中にどこの誰だ、と内心イライラしながら玄関のドアを開けた。
ドアの前にはがたいのいい、背の高い男性が1人立っていた。
男性は一礼をすると、しっかりした口調で話した。
相手の口調に釣られていることに気づいて、吹き出しそうになった。
夜中に訪ねてきて中に入りたいと言ってきたのは、どこかの国王以来2人目だ。
これは大物だ、とワクワクしながら客間へ案内した。
客間に飲み物と菓子、契約書類を持っていく。
あの2日が埋まるくらいの大仕事がいいな…と願っていたのがバレたのか、客はニッコリと微笑んだ。
ショウと客人は紅茶を一口飲んでから顔を上げた。
少年のようにワクワクが隠せなかったショウの顔は、すっかり毒盛り屋の顔に変わっていた。
"神殺し"という聞いたことすらない言葉に思わず驚いた。
ショウは手元の契約書類に「神殺し(生け贄をやめたい)」と殴り書きでメモした。
メモに「国、ボクへの天罰無し」と付け加えて書類を男に出した。
男は迷いなくペンを手に取り、書類にサインをした。
そう言ってショウはスケジュール帳の空欄になった2日のところを指した。
それを聞くと、ショウはすぐにこの予定をスケジュール帳に書き込んだ。
これで来週も仕事がみっちりだ。
男は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
礼の深さから、この依頼の重さが伝わってくる。
ショウの熱量に押されて少し引いている男の手を握り、笑顔で男の目を見た。
その言葉を聞いて、男は無言で大きく頷いた。
ちらっと見えた目には涙が溜まっていた。
彼の涙は零れさえしなかったが、ショウの心に強く焼き付いた。
そう言って彼はショウの家をあとにした。
ふと、彼の名前は何だったのかが気になって契約書のサインを見た。
そこにはうねうねした線が数本。
読めないし、偽造しようと思えば誰でも出来てしまうようなサインらしきものがある。
解読を諦めて契約書をファイルに仕舞うと、
空欄が無くなったスケジュール帳が目に入った。
パンパンに詰まったスケジュール帳を見つめて、ショウは満足そうに2回頷いた。
明日の準備のため、彼はとても楽しそうな足取りで薬品庫へむかっていった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!