第7話

【6話】要領のいいオレの、フォーカスミス
40
2026/06/30 23:51 更新
彼女の綺麗な日常を最悪なまでにめちゃくちゃに引きずり落としてやると宣告した、その直後。
空き教室の冷たい空気の中で、オレの脳内に、一気に冷や水がぶっかけられた。
ドクドクと耳の奥でうるさいくらいに鳴り響く、自分の心臓の音。
ドアと自分の腕の間にすっぽりと収まってしまう彼女の小ささが、男としての加害性を突きつけてくるようで、背筋が凍る。
彼女のあまりにも華奢な肩の細さ。
お互いの吐息が混ざり合うほどの、異様なまでの超至近距離。
強く掴みすぎた……。
指先から彼女の微かな鼓動まで伝わってきそうで、喉の奥がカラカラに乾く。
(……待って。オレ、マジで何やってんの……!?)
ハッと、我に返った。
我に返った瞬間、全身の血の気が引くと同時に、耳元から首筋までがカッと一気に熱くなるのが分かった。
それでもなお、目の前の彼女は、怯えるでもなく、ただ真っ直ぐにオレを見つめ返してきている。
その瞳に晒されているだけで、自分がどれだけダサくてみっともない暴挙に出たのかを突きつけられているようで、猛烈に居たたまれない。
チャラく笑い飛ばすにはあまりに空気の密度が濃すぎるし、かと言って、このまま冷酷に突き放すのは、ダメだと思う。
沈黙。
お互いの呼吸の音だけが響く、最悪に気まずい数秒間。
オレは、掴んでいた彼女の肩から、弾かれたようにゆっくりと手を離した。
そして、一歩、ずるずると後ろに下がって、パーソナルスペースを確保する。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
…………
髪を少し気まずそうにガリガリとかきながら、オレは視線を斜め下に落とした。
いつものチャラい笑顔でも、さっきの真っ黒に淀んだ目でもない。
自分のしでかした事の重大さに、本気で困り果てたような、トーンでぽつりと口を開く。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
……ま、今さら冗談だって言っても、さすがに信じないよねぇ……。
監督生ちゃん、全然引いてくれないんだもん
その声には、まだ余裕を取り戻せず震えが混じってしまう。
それでも、必要以上に冷たく突き放すさず、優しく甘やかすわけでもない言葉を監督生ちゃんに向けた。
どこか「降参した」ようなニュアンスを混ぜつつ、大人の狡さで、この気まずい空間に強引に境界線を引く。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
いいよ、言ったことは本気……。
これからはオレの気まぐれに、巻き込んじゃうよ?
いいんだね……?
最後に逃げる猶予を与える。
それなのに、監督生ちゃんはやっぱりその真っ直ぐな瞳でコクリとうなづいた。
────いっその事逃げてくれた方が良かったのに……。
ため息を着いて、慌てて書類の束を集める。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
じゃ、オレこれリドルくんに届けてくるから。
またね☆
今度は足早すぎない、なるべく自然な動作を心がけながら、俺は逃げるように空き教室のドアを開けて外へと飛び出した。
廊下に出て、誰もいない角を曲がった瞬間_____俺はハーツラビュル寮への帰路を、ほとんど全力疾走で駆け抜けていた。
―――ハーツラビュル寮ケイト自室―――
バタン、と自室のドアを閉め、鍵を乱暴に施錠した瞬間。
オレの『大人の余裕のフリ』は、文字通り完全に決壊した。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
わーーーー!!
ちょっと待って!!!
オレ何やってんの……。
抱えていたプリントを机に放り投げ、オレはそのままベッドへと五体投地で倒れ込む。
枕に顔を押し付けたまま、恥ずかしさと絶望が続々と押し寄せてくる。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
うざいって何!?
引きずり落とすって何!?
なにこれ…ほんとにかっこ悪い……。
机の上に放り投げたスマートフォンが、いつも通りマジカメの通知でチカチカと何度も白く光っている。
いつもなら無意識に手が伸びて、秒単位で画面をスクロールしているはず。
フォロワーからのコメントを器用に捌いて、目まぐるしく変わるトレンドの波に飛び込むのが、オレのいつもの日常だ。
なのに、今はその画面をどうしても直視することができない。
通知の光が点滅するたびに、さっき自分が空き教室で犯した、あの余裕のない格好悪い暴挙を突きつけられているようで、猛烈に拒絶反応が走る。
今のオレの顔は、マジカメの世界から一番遠い、最悪な顔をしている自覚があった。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
………
ベッドに倒れ込んだまま、俺は乱暴に手を伸ばし、スマートフォンの画面を床に向けて裏返した。
チカチカと鬱陶しく光っていた通知の光が消え、薄暗い自室に、静かな静寂が戻る。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
…はぁ。何やってんだろ、オレ。
監督生ちゃんしつこすぎ……。
他人に期待せず、誰とも深く関わらず、要領よく一歩引いて生きていくのがオレのルールだったはずだ。
なのに、魔法も使えないあのちっぽけな女の子の前だと、どうしてあんなに必死になって、あんなダサいことばっかりしてしまうのか、自分でも全く説明がつかない。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
…どうかしてる
頭が痛むようにこめかみを押さえながら、俺は静まり返った部屋の闇の中に、力のないため息をぽつりと落とした。
問題は、明日だ。あんな大見得を切るような酷いセリフを吐いておいて、明日から学園の廊下で、どんな顔をしてあの子の前に立てばいいっていうんだ。
いつも通り『お疲れサマー☆』なんて軽口を叩いて、完璧なけーくんの顔を作れる自信は……今のオレには一ミリもない。
けれど、今更やっぱり冗談でした、と前言撤回出来るわけもない。
自分で自分の首を絞めるような最悪なルールを作ってしまった現実に、俺は寝返りを打って枕に深く顔を埋めた。

プリ小説オーディオドラマ