第8話

【7話】嘘つきのエゴイズム
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2026/06/30 15:00 更新
あなた
ケイト先輩、おはようございます!
翌日、当たり前かのようにオレに向かって走ってくる監督生ちゃんと廊下で出会う。
一睡もできずに胃を痛めながら、必死に貼り付けた『お疲れサマー☆』の笑顔の前に、監督生ちゃんは何事もないように笑いかけてくる。
あなた
昨日の約束ですけど……今日は何しますか?
屈託のない笑顔。
いつも通りの真っ直ぐな瞳が俺を覗き込んでくる。
(……は? え、嘘でしょ……!?)
喉の奥が引きつるような衝撃に、せっかく貼り付けたはずの笑いの口角がピキッと凍りついた。
君、昨日あんなこと言われて、よくそんな普通にオレの前に立てるね!?
密室の空き教室。
ドアに押し付けた、あの異様なまでの超至近距離。
一瞬にして昨日の熱が脳裏をよぎるが、目の前の彼女はどこまでも平然としている。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
……ねえ、ちょっと待って、監督生ちゃん
オレは思わず、貼り付けたお面を半分剥がしたような素の声で突っ込んでいた。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
君さ、昨日自分がどういう状況に置かれてたか、1ミリでも自覚あったりする……?
あなた
え? 
何ですか?
きょとん、と首を傾げる彼女の無防備さに、ガックリと肩の力が抜ける。
あんなに脆くて、オレの気まぐれ一つでどうにでもできてしまいそうだった存在が、今、なんの警戒心も持たずにオレのパーソナルスペースを土足で踏み荒らしている。
あまりにも拍子抜けして、思わず笑ってしまいそうになる。
でも、よくよく考えてみれば……。
この子は魔力もない、ただの普通の女の子のはずだったのに、
リドルくんを筆頭に、この学園の頭のおかしい猛獣みたいな連中と対等に渡り合い、何度も命がけの重大事件をその小さい体一つで乗り越えて、解決してきた異世界の存在だ。
オレが今も、世渡り上手に、誰も傷つけない境界線を引こうとあれこれ計算していることなんて、彼女には一切関係ない。
気づけば誰もが手の届かない場所に壁を作っているあの連中と、信じられないくらい泥臭くて強い関係性を、彼女はとっくに築き上げている。
だからこそ、今の彼女にはこれくらい平気という、異常なまでの麻痺した感覚がある。

でも、実際には、ドアと自分の腕の間にすっぽりと収まってしまうような、小さくて脆い体で、男としての加害性を突きつけられて恐怖した、あの細い手首を持つ少女。
今はたまたま運良く成功しているだけで、その無防備さは、いつか致命的な形で壊れてしまうんじゃないか。
そんな、喉の奥がヒヤリとするような危うさを、彼女の小さな背中に感じてしまう。
それに、よくよく考えれば_____この子はいつか、元の世界に帰る可能性だってある。

かと言って……今まであの狂った猛獣たちをことごとく手懐けて、学園の人間関係の絶妙なバランスをまとめてきたこの子がいなくなったら……。
残された俺たちの人間関係の修復なんて、想像するだけで、最悪なまでに面倒くさくなるに決まっている。
(そう、めんどくさい。オレの平穏な生活のために、いなくなってもらっちゃ困るわけ。……だから、オレがこうして君を縛ろうとしてるのは……ただ、それだけのためだ。)
頭の中で必死に並べ立てた『合理的な言い訳』。
その冷徹なエゴの裏側で、ただ純粋に、君を他の男にも、元の世界にも、どこにも渡したくないと叫んでいるドロドロとした執着に、オレ自身が気づかないフリをしながら。
____そんな風に、脳内で必死に言い訳を並べ立てて冷静になる。
(…それにしても、おかしいでしょ。
普通に考えて。
どんだけその小さくてもろい体で修羅場くぐってきたわけ?
そりゃこうやって……考えてみれば、オレなんかより何倍もヤバい奴らと普通に仲良くやってるわけだし。
昨日オレが必死の思いでぶつけた、格好悪い脅迫まがいのセリフなんて……この子にとっては、なんとも思ってないレベルの微風だったわけね?)
普通とはとても言えない彼女は、じっと計算のない綺麗な瞳をこちらに向けてくる。
目の前の彼女の、あまりにも無防備な顔をじっと見つめているうちに、俺の頭の混乱は限界に達して、本気の疑問がそのまま口からポロリと漏れていた。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
あのさ、君の世界の人達ってみんなそんな感じだったりするの……?
あなた
そんな感じ…
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
だから、なんていうか……そんなに恐れ知らずっていうか…
ハァ、と小さくため息をつきながら彼女を見つめる。
(……あーあ。オレ一人だけが、男として意識して、部屋でのたうち回って……マジでダサい。)
怯えて引き下がる彼女を俺の日常に巻き込んで、優位に立ったフリをして支配するはずだった…。
完璧なはずの、オレの計算は、朝一番で見事にバラバラに打ち砕かれる。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
……、監督生ちゃんってさー
なんとか引きつった笑顔のメッキを張り直して、頭をかるく掻きながら、いつも通りの軽いトーンを絞り出す。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
ほんとタフっていうか、危機感ないっていうか……マジで本物の大物だよね〜☆
頬の奥が微かに熱くなるのを隠すように、わざとらしく視線をマジカメの画面へと逃がす。
ケイト・ダイヤモンド
ケイト・ダイヤモンド
ほら行くよ。
そう言ってスマホをポケットに滑り込ませる。
先に一歩を踏み出しながらも、あの教室の残熱をなぞるように、無意識にその手首をもう一度掴んでいた。
珍しく監督生ちゃんが動揺するのを、俺は見逃がさない。
この熱をもう二度と逃がさないと誓うように、俺は彼女のすぐ隣のポジションをキープしたまま、ゆっくりと歩き出した。

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