フロイド・リーチはどんな人?と聞かれたら、リドルはそう答える。
なんとも摩訶不思議で抽象的な回答だ。リドル先生らしくないわ…。どうしてかしら?そうやって普段リドルのそばで看護師として働く彼女は困惑する。リドルという男は適量などという曖昧な説明を嫌うはず。
キッと睨まれ、彼女はすぐにあとを去った。
どんな人なのかしら。雑誌の中にいる彼を見つめる。アーシェングロットカンパニーの雑誌インタビューに載っているフロイド・リーチ様。まさかローズハート先生と同級生だったなんて…!
同じ学校に通い、学んでいたなんて信じられない。だってフロイド様はあんなにも優しそうなのに、ローズハート先生はいつも怒ってばっかだ。やっぱり、どんなに育ちが良くても生まれつきの曲がった性根は変えられないのかしらね?
リドルは立ち上がり、診察室へ向かう。何を言われようが関係ない。完璧な治療をする、それだけだ。ミスは許されない。だってそれが魔法医術士としてのルールみたいなものだろう。
懐かし響だなあと思う。
大きな自由な青い海を連想させる気まぐれな性格。どんな人だって巻き込んでしまう強烈さとパッション。そのなかにある幼い言動とあどけなさが、甘くて、セクシーで、目が離せない。
そういう人なのだ。フロイド・リーチという人間は。
なので先程のリドルの説明はこれ以上無いほどに適切なのである。説明を聞かされた後に残る『?』もふくめて完璧だ。
お昼休み中、看護師達が優しげなタレ目が素敵!なんて騒いでいたが……ふっ、笑ってしまう。フロイド・リーチは優しいの対義語だろう。とにかくハチャメチャで残虐な奴だ。どんな色だって飲み込んでしまうブルーは、見た人は絶対に忘れられない。ボクもそのひとりだ。
一度、フロイドがふざけて口紅を塗って見せてきたことがあった。
フロイドに口紅は似合っていた。
色白い綺麗な肌に赤い口はピエロみたいで。オッドアイの垂れ目とふわふわした口調で、酒に酔ったあざとい女のようだ。見ているだけで背中がゾクゾクするような卑猥な雰囲気があって。
思わず見惚れてしまった。
そう言ってフロイドがクイッと顔を近づけてきた。そんなに気になるなら、近くで見ていいよ〜と。
ゆっくりと、少しくちを開けて。キスするような顔で言った。それにドギマギして顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしくなって、それを隠す為にリドルはプイッとそっぽを向いた。
照れ隠しで怒鳴ってしまったのを今でも後悔している。あのとき素直に褒めていたら、少しは変わったのだろうか。
卒業してからフロイドとは連絡をとっていない。
フロイドはリドルの幼少期から叩き込まれた「正しさ」すらも蝕んだ。
真っ白い本に、愛するお母さまが文を書き込んだ教科書に、フロイドは不規則に落書きをしていった。
ブルーは教科書の黒インクさえも飲み込んでしまったのだ。
果たしてそれが良いことだったのか、リドルには分からなかった。
確かにフロイドのおかげで世界は広がった。フロイドが居なければ出会えなかったような、素晴らしいものにも出会えることができた。
でも、同時に―…。
リドルはフロイドを好きになってしまったのだ。
これは正しくない。だってボクは男だ。ならばボクは女性と結婚するべきだ。
ため息をつく。忘れようとしていたのに、思い出ししてしまった。それでもー
会いたい。
会いたい。もう一度会って、ボクの常識を壊して欲しい。あの気まぐれと天才ぶりで、あどけなく笑って全てを壊して欲しい。自分の全てをブルーに染め上げられたかのようなときの、開放感と快感はそう簡単に忘れられない。
リドルは教科書の落書きに頭を悩ませていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。