急いで走って来たので、息が上がってしまっていた。
あのニュースを見た後、デュースはいてもたってもいられなくなり、職場である警察署に駆け込んだ。何とか寮長の自宅の住所を教えて貰い、此処、リドル・ローズハートの殺害現場にたどり着くことができた。
ローレンス・ボルドリーはブロンド髪とバイオレットの瞳をした、デュースの六つ歳上の先輩だ。
筋肉質で太い逞しい腕にはいくつもの傷がある。それだけで彼が今までどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたか、想像に絶する。
魔法執行官は専門学校を卒業した後、まず最初に数年交番に勤務する。それが終わったら巡査として働けるのだ。
巡査長とは、巡査として働きつつ、他の巡査に対して指導的な役割を担う巡査の事を言う。
デュースも巡査として働き始めた頃、担当指導者になったボルドリーに、どれだけしごかれたことか……。デュースは遠い目をする。
それはデュースが初めて巡査として出勤しに来たときのこと。やっと憧れの職場に来れてにこにこうふふと警察署に入った。
わああ!此処があの警察署!!大っきい!広い!
テンションは完全に校外学習に来た小学生だった。
あっ!同じ制服着てる人がいる!先輩かな?挨拶しなきゃ!
デュースは通りがかったボルドリーに挨拶をしようとする。
ボッコオオオン!!
ボルドリーは通りがかりに挨拶をしてきたデュースをいきなり殴ったのだ。
ローレンス・ホルドリーという男は警察学校を首席で入学卒業し、魔法執行官になってわずか1年で巡査長にまで上り詰めた、挫折知らずの極めて優秀な男だ。
つまりプライドがエレベスト級に高いのである。
デュースはあまりにの衝撃にしばらく放心状態で、我に帰った後、近くのスーパーにデスソースとセイウチ印のオイスターソース、ブラックペッパー(鼻くそ味)を買って、ボルドリーのロッカーに入っていたお弁当にかけてやった。
もう二度とアイツと顔を合わせないで済みますように。
そう願いながら、心の中で中指を立て、にっこり笑顔で調味料をかけていく。ドバドバァ。
その後の朝礼で、デュースはボルドリーと再会し、彼は自分の担当指導者だということが判明するのだが。まあそれはそれはもう気分は最悪だったのだが、お昼休みになり、デュースはお昼を食べようとしたところ……
デュースは手に持っているスマホの画面を見る。そこには大好きなマジホイの写真が写っていた。
すると唐突に抱きしめられた。
話を聞くと彼は大のマジホイ好きだった。だが職場にマジホイの話ができる人がいなくて、寂しい思いをしていたのだそう。
それからボルドリーとは色んな話をした。好きなマジホイの話、メーカーの話、部品の話、マジホイに似合う鉛筆についても語り合った。
その頃にはもうデュースは殴られた事はどうでも良くなって、すっかりボルドリーのことが好きになっていた。マジホイ好きに悪いヤツはいねえ。
一緒にお昼も食べることになった。ボルドリーはお弁当を食べた時、あまりの不味さに失禁したが……。
色んなことがあったなあ。あの後ボルドリーにお弁当の事がバレて、首をチェンソーで切られそうになったんだっけ。
だがしかし、今目を向けるべきは思い出ではなく現実だ。
デュースは泣きそうな顔で言った。
叫びながら、胸が張り裂けそうだった。
泣きながら、か細い声で言い切り、深く頭を下げた。
デュースは駆け足でボルドリーに着いて、家の中へと足を踏み入れていった。
覚悟はしていたが、リドルの死体は想像以上に無惨な姿だった。
腹に包丁が突き刺さり、何度も抉られたのだろうか。固まった血のこびりついた腹には臓器が溢れ出している。
それだけじゃない。匂いも中々キツい。ゲボと腐ったじゃがいもを煮詰めた様な匂いがしまう。それになんだか甘い匂いがするような気がして、頭がぼーっとする。
そうだ。こんなところで諦めたら寮長に怒られてしまう。
うーん……なるほど。これは厄介だな。
デュースは視線を机の上に移す。ティーカップが置いてあった。
それならば事件に関係してなさそうだ。
不自然な点……?現場は至って普通の殺害現場だ。特に不自然な点なんて……
そう言ってボルドリーが指を指したのは、リドルの腹に刺さった包丁だ。
デュースは少しイラついて、強い口調で言った。
デュースはもう一度部屋を見渡す。
机には紅茶が置いてあり、部屋きちんと掃除されている。隅から隅まで整頓され、住人はよっぽど几帳面だったのだろう。誰かと大きな喧嘩をした形跡もない、普通の部屋だ。
床に転がった死体を除けば。
確かに……。そんな事思い付きもしなかった。流石巡査長の名は伊達じゃないなと思う。
デュースは控えめに言った。
興奮の対象が死亡することで正気に戻る……ありそうな話だ。
す、すごい…。これだけの情報でここまで分かるなんて……。思わずポカーンとしてしまう。
デュースはボルドリーの背中について行く。
まだまだだなあと思う。自分はあの現場からは何も見つけ出せなかった。これでは寮長に示しがつかない。もっと頑張って、立派な魔法執行官にならなくては。
そう覚悟を決め、デュースは家を出た。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。