第3話

捜査開始
208
2024/01/03 12:39
デュース
はあっはあっ…。リドル・ローズハートが殺されたって、どういうことですか?
 急いで走って来たので、息が上がってしまっていた。

あのニュースを見た後、デュースはいてもたってもいられなくなり、職場である警察署に駆け込んだ。何とか寮長の自宅の住所を教えて貰い、此処、リドル・ローズハートの殺害現場にたどり着くことができた。
ローレンス・ボルドリー
どうしたもねえよ、スペード
デュース
ボルドリー巡査長…
 ローレンス・ボルドリーはブロンド髪とバイオレットの瞳をした、デュースの六つ歳上の先輩だ。
筋肉質で太い逞しい腕にはいくつもの傷がある。それだけで彼が今までどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたか、想像に絶する。

魔法執行官は専門学校を卒業した後、まず最初に数年交番に勤務する。それが終わったら巡査として働けるのだ。

巡査長とは、巡査として働きつつ、他の巡査に対して指導的な役割を担う巡査の事を言う。

デュースも巡査として働き始めた頃、担当指導者になったボルドリーに、どれだけしごかれたことか……。デュースは遠い目をする。



それはデュースが初めて巡査として出勤しに来たときのこと。やっと憧れの職場に来れてにこにこうふふと警察署に入った。
わああ!此処があの警察署!!大っきい!広い!
テンションは完全に校外学習に来た小学生だった。
あっ!同じ制服着てる人がいる!先輩かな?挨拶しなきゃ!
デュースは通りがかったボルドリーに挨拶をしようとする。
デュース
おはようございます!!今日から巡査として働く、デュース・スペー……
ボッコオオオン!!
ボルドリーは通りがかりに挨拶をしてきたデュースをいきなり殴ったのだ。
ローレンス・ボルドリー
下等生物がオレ様に挨拶するんじゃねえ!!
ローレンス・ホルドリーという男は警察学校を首席で入学卒業し、魔法執行官になってわずか1年で巡査長にまで上り詰めた、挫折知らずの極めて優秀な男だ。
つまりプライドがエレベスト級に高いのである。

デュースはあまりにの衝撃にしばらく放心状態で、我に帰った後、近くのスーパーにデスソースとセイウチ印のオイスターソース、ブラックペッパー(鼻くそ味)を買って、ボルドリーのロッカーに入っていたお弁当にかけてやった。

もう二度とアイツと顔を合わせないで済みますように。
そう願いながら、心の中で中指を立て、にっこり笑顔で調味料をかけていく。ドバドバァ。
 
その後の朝礼で、デュースはボルドリーと再会し、彼は自分の担当指導者だということが判明するのだが。まあそれはそれはもう気分は最悪だったのだが、お昼休みになり、デュースはお昼を食べようとしたところ……
ローレンス・ボルドリー
おい、お前。その待ち受け。
デュース
え?待ち受け……?
デュースは手に持っているスマホの画面を見る。そこには大好きなマジホイの写真が写っていた。
ローレンス・ボルドリー
お前、マジカルホイール好きなのか?
デュース
ま、まあ……
すると唐突に抱きしめられた。
ローレンス・ボルドリー
……愛してる。
 話を聞くと彼は大のマジホイ好きだった。だが職場にマジホイの話ができる人がいなくて、寂しい思いをしていたのだそう。
それからボルドリーとは色んな話をした。好きなマジホイの話、メーカーの話、部品の話、マジホイに似合う鉛筆についても語り合った。

その頃にはもうデュースは殴られた事はどうでも良くなって、すっかりボルドリーのことが好きになっていた。マジホイ好きに悪いヤツはいねえ。

一緒にお昼も食べることになった。ボルドリーはお弁当を食べた時、あまりの不味さに失禁したが……。
 色んなことがあったなあ。あの後ボルドリーにお弁当の事がバレて、首をチェンソーで切られそうになったんだっけ。

だがしかし、今目を向けるべきは思い出ではなく現実だ。
デュース
……。ボルドリー巡査長、僕にこの事件を担当させて貰えませんか。
ローレンス・ボルドリー
はあ!?だめに決まってんだろ!お前まだ巡査になって何ヶ月だ?!
ローレンス・ボルドリー
お前が来る前に現場を見て回ったがこれといった手がかりがねえ。かといっても不自然な現場ってわけでもねえ。相当手馴れてやがる。これはプロの犯行だ。
ローレンス・ボルドリー
お前に解決出来るわけがない。
デュース
でも……!!
デュースは泣きそうな顔で言った。
デュース
リドル・ローズハートは……、俺の先輩なんです!この人のおかげで俺は魔法執行官になれたんです!俺の憧れなんです!!
デュース
大切な人なんです!だから…だから!俺は犯人を許さない!
デュース
俺自身の手でケジメをつけたい!!
叫びながら、胸が張り裂けそうだった。
ローレンス・ボルドリー
……。
デュース
お願いします。どうか、どうか!俺にこの事件を担当させて下さい……。
泣きながら、か細い声で言い切り、深く頭を下げた。
ローレンス・ボルドリー
……お前がこの事件を担当するのは無理だろう。上が許さない。
デュース
ですが、
ローレンス・ボルドリー
だが!!
ローレンス・ボルドリー
俺様との二人での捜査なら、上も許すだろう。
着いて来い。お前に現状の説明をする。
デュース
っ!!はい!!
デュースは駆け足でボルドリーに着いて、家の中へと足を踏み入れていった。
デュース
っ……!
覚悟はしていたが、リドルの死体は想像以上に無惨な姿だった。
腹に包丁が突き刺さり、何度も抉られたのだろうか。固まった血のこびりついた腹には臓器が溢れ出している。
それだけじゃない。匂いも中々キツい。ゲボと腐ったじゃがいもを煮詰めた様な匂いがしまう。それになんだか甘い匂いがするような気がして、頭がぼーっとする。
ローレンス・ボルドリー
大丈夫か?
ローレンス・ボルドリー
知り合いの死体を見るのは中々キツいものがあるだろ。無理しなくて良いんだぞ。
デュース
いえ、大丈夫です。こんぐらいで挫けてらんないんで。
そうだ。こんなところで諦めたら寮長に怒られてしまう。
デュース
ボルドリー巡査長、さっき手がかりが無いって言っていましたよね。包丁に指紋は付いていな勝ったんですか?
ローレンス・ボルドリー
ああ、さっき調べたんだが付いていなかった。恐らく犯人が拭き取ったんだろう。
うーん……なるほど。これは厄介だな。
デュースは視線を机の上に移す。ティーカップが置いてあった。
デュース
あれは?
ローレンス・ボルドリー
ティーカップだな。甘い匂いがしたから紅茶でも飲んでたんだろう。被害者が殺害される前に飲んでたんじゃねえのか?
 それならば事件に関係してなさそうだ。
デュース
他には?
ローレンス・ボルドリー
特にねえ。クローゼットの中や棚の中まで見て回ったが、どこも綺麗に整頓されていた。
デュース
そうですか……。本当に手がかりがありませんね。
ローレンス・ボルドリー
ああ、決定的な手がかりはな。だが一つだけ不自然な点がある。どこだと思う?
不自然な点……?現場は至って普通の殺害現場だ。特に不自然な点なんて……
ローレンス・ボルドリー
アレだよ
そう言ってボルドリーが指を指したのは、リドルの腹に刺さった包丁だ。
デュース
包丁?どうして包丁が不自然なんですか?
デュース
指紋が拭き取られているだけで、至って変では……。
ローレンス・ボルドリー
それだよ"指紋が拭き取られている”のが不自然なんだ。
デュース
だからそれの何処が不自然なんです?
デュースは少しイラついて、強い口調で言った。
ローレンス・ボルドリー
現場をよく見てみろ。
デュースはもう一度部屋を見渡す。
机には紅茶が置いてあり、部屋きちんと掃除されている。隅から隅まで整頓され、住人はよっぽど几帳面だったのだろう。誰かと大きな喧嘩をした形跡もない、普通の部屋だ。
床に転がった死体を除けば。
デュース
……なんだかさっきまで誰が暮らしていたみたいな、普通の家ですね。
ローレンス・ボルドリー
ああ、それだ。"普通の家"なんだよ。
ローレンス・ボルドリー
部屋も散らかっていない。隠し部屋もない。特に問題があったようにも見えない。
ローレンス・ボルドリー
つまりこれは"計画的に行われた殺人では無い可能性が高い”んだ。"突発的に怒った殺人の可能性が高い"んだよ。
ローレンス・ボルドリー
死体の姿もそれを裏づけているな。何度も何度も腹を抉られている。よっぽどの強い感情が爆発したんだろうな。
ローレンス・ボルドリー
それは加害者が冷静では無かったことを表してるンだよ。ならば"指紋を拭き取る"なんて冷静な行動、興奮しきった加害者に出来ると思うか?
確かに……。そんな事思い付きもしなかった。流石巡査長の名は伊達じゃないなと思う。
ローレンス・ボルドリー
つまり、だ。これは"第三者が協力して隠蔽した"という可能性がある。
デュース
ボルドリー巡査長、少しいいですか。
デュースは控えめに言った。
デュース
殺害したことで我に返り、急いで指紋を拭き取った。という可能性はないのでしょうか?
興奮の対象が死亡することで正気に戻る……ありそうな話だ。
ローレンス・ボルドリー
ああ、確かにその可能性もある。だがしかしそれにしては余りにも"自然すぎる"んだよ。
ローレンス・ボルドリー
普通だっら余計にいじくって、かえって不自然になっちまうもんだ。だが凶器の指紋という決定的な証拠だけをピンポイントで隠す。上手い。明らかに素人の犯行じゃない。
ローレンス・ボルドリー
"自然すぎて不自然なんだよ"
ローレンス・ボルドリー
その道のプロが急に家に上がり込んで殺害した……っていうのも考えられるが、それなら取っ組み合いが起きて、部屋は荒れるはずだ。
ローレンス・ボルドリー
推定殺害時刻は昨日の夜。
だとしたら犯人はおそらく、"被害者とは知り合い"で"昨日の夜にこの家にいたヤツ"だろう。
す、すごい…。これだけの情報でここまで分かるなんて……。思わずポカーンとしてしまう。
ローレンス・ボルドリー
まああくまで可能性だがな。
ローレンス・ボルドリー
行くぞ、捜査の基本は聞き込みだ。もしかしたら近所に犯人を見たやつがいるかもしれん。
デュース
は、はい!
デュースはボルドリーの背中について行く。
 まだまだだなあと思う。自分はあの現場からは何も見つけ出せなかった。これでは寮長に示しがつかない。もっと頑張って、立派な魔法執行官にならなくては。

デュース
(寮長、絶対に俺が仇を取りますからね……。)
そう覚悟を決め、デュースは家を出た。

プリ小説オーディオドラマ