オープニング 「消えた光」
夢の中では、
ちゃんと隣にいた。
「柔太朗〜」
間延びした声。
肩に重みが乗る。
「ちょっと、暑いんだけど」
そう言いながらも、払いのけない自分がいる。
舜太は笑っている。
太陽みたいな、屈託のない笑顔。
何でもない朝。
何でもない時間。
「今日オフだっけ?」
「違うだろ、リハ」
「あ、やば」
そんなやり取りをして、
舜太がくしゃっと笑う。
その笑顔が、やけに近い。
温度がある。
息遣いがある。
ちゃんと、生きている。
柔太朗は思う。
――ああ、いつも通りだ。
それだけで、安心していた。
ずっとこうだと思っていた。
隣にいることが、当たり前だと。
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次の瞬間だった。
肩の重みが消える。
声が途切れる。
空気が冷える。
振り向く。
そこにいたはずの人が、いない。
「……舜太?」
返事はない。
光が落ちる。
世界が暗くなる。
床も、壁も、空も、
輪郭が溶けていく。
柔太朗は立っている。
真っ暗闇の中に、ひとり。
何も見えない。
何も聞こえない。
さっきまで確かにあった温度だけが、
指先に残っている。
「待って」
声が吸い込まれる。
足を動かそうとしても、
地面がない。
息が浅くなる。
胸が締めつけられる。
「舜太」
名前を呼んだ瞬間、
――目が覚めた。
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天井。
白い。
見慣れた部屋。
カーテンの隙間から、朝の光が差している。
現実だ。
夢だった。
分かっている。
分かっているのに、
胸の奥がひどく痛い。
手を伸ばす。
隣の空間に。
何もない。
冷たい。
当然だ。
ここに誰かが寝ていたことなんて、
一度もない。
それでも、
夢の中の温度がまだ残っている気がして、
指先が震える。
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起き上がれない。
身体が重い。
息を吸うだけで、疲れる。
あの日から。
舜太がいなくなった日から。
世界の色が変わった。
いや、色が消えた。
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窓の外は晴れている。
車の音がする。
鳥の鳴き声もする。
いつも通りの朝だ。
でも、柔太朗から見える世界は、
あの日で止まっている。
光は差しているはずなのに、
届かない。
まるで、自分だけが
分厚いガラスの向こう側にいるみたいに。
音も、色も、温度も、
どこか遠い。
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「まだ会えると思ってた」
声にならない声が、喉で引っかかる。
入院したって聞いた時も、
「すぐ戻るだろ」って思っていた。
また一緒にリハして、
また隣でふざけて、
また同じステージに立つと。
いなくなるなんて、
一度も想像していなかった。
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夢の中では、
あんなに元気だった。
あんなに近かった。
なのに今は、
触れることすらできない。
夢の方が現実みたいで、
現実の方が悪い冗談みたいだ。
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柔太朗はゆっくりと目を閉じる。
暗闇が広がる。
でもそれは、
夢の暗闇とは違う。
これは現実の暗闇だ。
舜太がいなくなった日から、
柔太朗の中に広がり続けている黒。
差し込む光すら、吸い込む黒。
笑っていても、
ステージに立っていても、
拍手を浴びていても、
その奥に、必ずある黒。
「……同期、だろ」
小さく呟く。
答える声はない。
でも、心のどこかで、
まだ隣にいる気がしてしまう。
それが余計に苦しい。
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朝の光が強くなる。
それでも、柔太朗の世界は明るくならない。
舜太がいない世界は、
こんなにも静かで、
こんなにも重くて、
こんなにも、色がない。
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柔太朗はようやく体を起こす。
今日も一日が始まる。
舜太のいない一日が。
そしてこの物語は、
ここから始まる。
――同期のいない世界で、
君を想う物語が。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。