夢を見ている。お姉さんの家でドタバタと駆ける俺と内職をするお姉さんの姿が夢でもやけに目に焼き付いた。
きり丸「……お姉さん!筝弾いて」
あなたの苗字あなたの名前「んふふ、きり丸は筝が好きだね」
きり丸「うん、お姉さんの筝は優しい音がするから」
あなたの苗字あなたの名前「もー、褒めるのだけは上手いんだから」
内職をしていた手を止めて、筝を取り出せば、ベンッ、とお姉さんが筝の弦を爪で弾く。優しい音色で始まる演奏は心地よくて重い瞼を閉じてしまいたくなった。
あなたの苗字あなたの名前「……きり丸。眠くなったら、寝ていいからね」
きり丸「.........うん」
まだ、聴いていたいのに、お姉さんが演奏する筝の音に安心して気付けば眠っている。そして、目が覚めたら
きり丸「お姉さん、?」
もぬけの殻になった家に俺はひとりでいる。まるで、寒くて震えてたあの日のように____。
きり丸「っ、お姉さんッ!!!」
意識と体が弾かれるように体を起こした。荒くなった呼吸音と開いた瞼から見えた景色で現実だと思い知る。
善法寺伊作「大丈夫かい?きり丸」
きり丸「い、伊作先輩?なんで.........」
善法寺伊作「ここは保健室だよ、きり丸が長屋で倒れてると乱太郎達が知らせてくれてね」
心配だと、言わんばかりに眉を寄せて俺の顔を覗く伊作先輩に申し訳なさが勝ち、額の汗を拭いて謝罪をする。
善法寺伊作「随分と魘されてたようだけど、悪い夢でも見たのかな?」
きり丸「え、悪い夢.........?」
善法寺伊作「あれ、そうじゃないの?」
確かに悪い夢と言われれば夢だけど、それが現実になっている時はどう答えればいいのか、なんて答えたらいいのか分からなかった。
きり丸「なんの夢を見てたかは分かんねぇんすけど......」
なんて答えていると、あの光景が脳裏にこびりついて、気持ち悪かった。なんとかして、それを振り払うかのように首を激しく振ればいつの間にかそれは消える。
善法寺伊作「うーん、きっと疲れてるんじゃないかな?少しは休まないといけないよ」
きり丸「はぁい」
伊作先輩の言葉に返事を返してから、重い体を動かして保健室を去る。廊下に出れば乱太郎の姿が見えた。
きり丸「.........どうしたんだよ、乱太郎?」
乱太郎「きりちゃん、アルバイト入れすぎ!!」
きり丸「はぁ?」
急に怒られた俺は頭が??状態で何を言ってるんだと返そうとしたら、手を掴まれ物凄い剣幕で「あと何をしなきゃいけないの?」と問いかけられた。
きり丸「いや、もう終わって.........」
乱太郎「................心配したんだよ」
ぽつりと呟かれた乱太郎の言葉に俺は目を大きく開いて驚き、掴まれた手が微かに震えてることに気付いた。
__ああ、そうか。乱太郎だもんな俺を見つけたの
きり丸「っ、乱太郎.........ごめん」
乱太郎「……いいよ、次も同じことしたら怒るからね」
意外と口から出た謝罪の声は落ち着いていた。アルバイトが原因で倒れたと思われてるのは腑に落ちないけども今はその優しさが、心に沁みて乱太郎の手を離したくなかった。
乱太郎「じゃあ、きり丸は休んでてよ」
きり丸「いや、今日の当番は俺だろ?なら作る」
忍術学園の夕食は各自で調達する。だから同室の乱太郎としんベヱ、俺は当番制で変えながら作っていた。
乱太郎「…そう?なら今日は何にしようか」
きり丸「しんベヱが帰ってくればなぁ、メニューが決まるんだけどな」
まだ委員会から帰ってきていないしんベヱを待ちながら各々が食べたいメニューをあげると長屋の扉が開かれ、湯気を立ちのぼらせながら鍋を持ったしんベヱが現れた。
しんベヱ「乱太郎、きり丸〜!!お待たせ〜!!」
きり丸「鍋ぇ〜!?」
乱太郎「しんベヱ!?どうしたのその鍋!!」
しんベヱ「立花先輩に急遽、任務が入ったから食べていいって!」
そうして、しんベヱは鍋を囲むようにして俺達を座らせる。鍋の蓋を取って、中を覗けば流石、六年生。
しんベヱ「美味しそ〜!!」
きり丸「.........高級食材っ、!」
街で普段は見ない肉が、野菜と一緒に入っていた。これを食べられる機会は無いだろうと分かっていても食欲は一向に湧かない。
乱太郎「ああ、しんベヱ!!先に食べちゃダメだよ!まだ『いただきます』をしてないじゃない!」
しんベヱ「あ、そうだった〜!」
キャッキャッと楽しそうに笑う二人を置いて俺は何とか箸に手をつける。肉を摘む箸が揺れ、匂いがする。
食べられる時に食べる。それが俺だから、いつも通り『いただきます』をして、ゆっくりと口に入れた。
きり丸(美味しいはずなのに、)
全く味がしなかった。どうして、だって、いつもは、美味しいって言って……笑って食べてたはずなのに
しんベヱ「きり丸ってば、どうしちゃったの?」
乱太郎「……しんベヱ、きり丸はちょっと体調が」
しんベヱ「ええ〜!!?それじゃあ寝なきゃ!!」
鍋からよそった器を持って冷や汗をかいていた俺に二人は無理矢理、器を奪い取って毛布を引いて寝かせる。
きり丸「…しんベヱ?」
しんベヱ「きり丸が元気ないと僕も乱太郎も心配だから今日はもう休もう?」
乱太郎「しんベヱ…!」
きり丸「.........ごめんな、しんベヱ、乱太郎」
そうして、二人の優しさに甘えて眠りにつく、二人が何を言ってたのか聞き取れないまま俺は意識を落とした。
そして、残酷な事に時間は刻々と流れていく。いつも通りに起きて、授業を受けて、ご飯を食べて、お風呂に入って、眠る。
勿論、いつも以上にアルバイトも入れた。そうでもしないと直ぐに思い出しちまって泣きたくなるから
土井半助「きり丸、これは私が手伝おう」
きり丸「.........あざっす!」
あまりのアルバイトの量に見兼ねた土井先生が手伝ってくれたりしてくれたお陰で銭は溜まっていく一方だけど、やっぱり俺には足りなかった。
きり丸(お姉さん、お姉さん.........)
正直に言ってしまえば、捨てられた俺が、どれだけ忘れようとしても、お姉さんに教えられた贅沢な生活や教えてくれた言葉や愛に抜け出せなくなくて、苦しいんだ。
お姉さんが残した甘い毒が俺の体を蝕む。
きり丸「雷蔵先輩、あの…まだ何も分からないんですよね?」
不破雷蔵「うん、探してはいるんだけど…何も分かってない状態なんだ。ごめんね」
調べてくれている雷蔵先輩や土井先生に聞いてもお姉さんの事は何も分からないまま、忍術学園は夏を迎える。

今更すぎますが、いつかのルーキーランキングに入っていました。
通知に驚くばかりです。沢山の反応ありがとうございます。
忍たまが好きな方、きり丸が好きな方、ちょっと不穏系が好きな方に
満足していただけるようにより一層頑張りたいと思います。
引き続き作品を愛読してくれると嬉しいです。
2025.03.28. 不幸製造機












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!