癇癪出てきます。
帰ってきた部屋は、どこか冷えすぎていた。
扉を閉めた瞬間から、外の空気よりも重い沈黙が押し寄せる。
あなたちゃんはそっと上着を脱いで、リビングの椅子の背にかけた。
ジェミンは黙ったまま、キッチンに向かう。
あなたちゃんの目を見ようとしない。
――おかしい、と思った。
さっきまで笑っていた。
さっきまで、ぎゅっと手を繋いでいた。
でも今は、まるで空気が変わってしまったみたいに冷たい。
あなた「……ナナ?」
返事はない。
電子ケトルのスイッチが入る音だけが、部屋に響く。
あなたちゃんが一歩、そっと近づいた瞬間だった。
ガシャァン!
乾いた破裂音とともに、マグカップが壁に叩きつけられた。
割れた陶器が跳ねて、キッチンの床に散らばる。
ジェミン「……なんで」
ジェミンの声が低い。
いつもの優しげな声じゃなかった。
喉の奥で何かが詰まっているような、震えを含んだ声。
ジェミン「なんで、今日、手を握り返してくれなかったの?」
あなた「え……?」
ジェミン「さっき……あの道で。ナナが手、入れたでしょ。パーカーのポケット。
あなたちゃん、動かなかったじゃん。握り返さなかった。……ナナ、気づいてたから」
あなたちゃんの指先が震える。
あなた「そ、そんなつもりじゃ……ナナ、そんなの……」
ジェミン「じゃあなに? なに? なに考えてたの? ……誰のこと考えてたの? ナナじゃないでしょ? ナナ以外のこと、考えてたでしょ?」
机の上のものが、ひとつ、またひとつ、弾かれるように落ちていく。
ペン立て、メモ帳、コップ、薬の袋――すべてが散らばる。
ジェミン「なんで、なんでナナだけこんなに苦しいの? なんであなたちゃんは平気な顔してるの!?
なんで、そんな顔できるの!? ナナのこと、愛してないの!? 愛してるって言ったのに、うそだったの!? うそだったの!? うそだったの!? うそだったの!? 」
怒鳴る声が、壁にぶつかって反響する。
いつも静かな部屋。隣に聞こえそうなほどの声。
けれど――ジェミンは止まらない。
ジェミン「なんでそんな顔してるの!? 泣けばいいじゃん!! 怒ってよ、嫌だって言ってよ、怖いって叫んでよ!!
……それとも、ほんとは、ナナなんかどうでもいいの!?
消えて欲しいって思ってるの!? 思ってるんでしょ!? 思ってるって言ってよ!!!」
そして――ふいに、沈黙。
あなたちゃんが、涙を浮かべて震えているのを見て、ジェミンはハッとしたように立ち尽くした。
ジェミン「……あなた、ちゃ……」
彼の中で、癇癪の火が、急激に冷えていく。
ジェミン「ごめん……ナナ……ナナ、また、こわくなっちゃった……
ごめん……でも、捨てないで、あなたちゃん……お願い……」
膝から崩れ落ちて、泣きそうな顔で縋りついてくるジェミン。
指先には血が滲んでいた。割れたカップの破片を踏んだのだろう。
あなたちゃんは震えたまま、ゆっくりとしゃがみこんで、
その指先に手を伸ばした。
――痛いのは、たぶん彼だけじゃなかった。
でも今はそれを、言葉にすることさえできなかった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。