でも、曲が変わると、空気が一変した。
——静かで、柔らかく、少し切ない曲。 イントロのピアノの音だけが、会場に満ちている。
俺は息を整え、歌いながら視線を探す。
——あなた。
ステージの光は柔らかくて、 客席の顔はまだ見えにくい。
でも、あの背筋の伸びた立ち方、 瞳の光、髪の流れ、全部覚えている。
彼女は、一歩下がって観ているけれど、
まるで、俺の歌を一番最初に聴くためにここにいるみたいだった。
歌詞の一つ一つに、 思いを込める。
今日までの苦労、張り切りすぎた自分、 そして、この瞬間、ここで見つけた彼女。
——全部、伝えたい。
ピアノとストリングスの間に入るサビの静かなフレーズで、 俺は胸の奥の想いを、目で伝す。
彼女は、少し笑うように顔を緩める。
でも、まだ手は届かない距離。
その距離感が、今の二人にとって、 一番心地いいバランスだと、俺は感じる。
歌いながら、心の中で呟く。
「……来てくれて、ありがとう」
「……見てくれてるんだな」
曲の最後の一音が、会場に余韻として漂う。 そして、静寂の中で、観客の拍手が大きく広がる。
その瞬間、彼女の目が、はっきりと俺を見つめた。
微笑みは、以前より少しだけ柔らかく、 でも確かに、届いた気がした。
俺は小さく手を上げる。
——ステージの上からでも、 あの背中に、俺の気持ちは届く。
あなたは、頷いた。
その頷きが、 「今日も、あなたを応援してる」 というサインに変わる。
——今はまだ、手は届かない。
でも、距離は確かに縮まった。
そして、光の中で、二人だけの世界が、 静かに存在していた。
ステージ袖に戻ると、胸がいっぱいになる。
——今日、ここで歌えて、本当に良かった。
——明日からも、また全力で、進もう。
そして、視線はもう一度、客席に残る彼女を追った。
香りも、表情も、全部、忘れない。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。