第33話

ステージの香り
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2026/02/09 05:23 更新



照明が暗転し、
観客のざわめきが、胸を震わせる。



ステージ袖で深呼吸をする。
喉の痛みも、疲れも、
すべて今は、消える。



「……よし」



ピアノのイントロが流れ、
ステージに飛び出す瞬間、
目線は自然と、客席へ向かう。



——いるはずだ。



頭の片隅に、あの紙が残っている。




「来月のライブ、楽しみにしてる」




その文字と、あの微笑みを思い出す。



暗闇の中、探す。




何千もの目の中で、
ただ一人、見つけるためだけに。



——いた。



中央寄り、少し前の列。
髪をまとめ、顔は落ち着いているけれど、
瞳はステージを見据えている。



俺の視線を感じるかのように、
ふっと頭を上げた瞬間、
目が合う。



——あなた。



胸が高鳴る。
言葉はいらない。




その一瞬で、
俺と彼女の間に、
時間が止まったような感覚が走る。



ステージのスポットライトに包まれながら、
歌い、踊りながら、
でも視線は、ずっと彼女から離せない。



——あの時の距離も、
あの時の想いも、
全部、ここにいる。



観客の歓声が、耳を打ち消す。




でも、心の中の二人だけは、
静かに、確かに、つながっている。



曲が盛り上がり、サビに入る瞬間、
俺は小さく呟く。



「……来てくれて、ありがとう」



微かに頷く。
でも、まだ一線を引いたまま。
それでいい。




その距離感が、今の俺たちに必要だと、
ステージの上から感じる。



——今日、この瞬間を、
絶対に後悔させない。



俺は、歌い続ける。




視線はずっと、あの背中を支えるように、
光の中で、彼女を見つめ続けた。



歓声が、まだ体に響いている。



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