周防家の朝は、音が少ない。
目覚まし時計が鳴る前に、政近は自然と目を覚ましていた。
天井を見上げ、今日の予定を頭の中でなぞる。
起床、身支度、朝食、登校。
そこに無駄や迷いはない。
そうあるべきだと、幼い頃から教えられてきた。
布団を整え、部屋を出る。
廊下を歩く足音すら、政近は意識して小さくした。
誰かを起こしてはいけない――ではない。
「乱れた音」を立てるのが、正しくないからだ。
リビングの前で、ふと視線を感じる。
扉の隙間から、こちらを覗いている小さな影。
有希だった。
まだ少し寝癖の残る髪で、政近を見上げている。
短く、必要な言葉だけを返す。
有希はそれでも嬉しそうに微笑んだ。
その理由だけで、ここに来たのだと分かる。
政近は一瞬だけ言葉を探し、そして頷いた。
有希はぱたぱたと去っていく。
その背中を見送りながら、政近の胸に、わずかな安堵が落ちた。
――今日も、有希はいつも通りだ。
それだけで、どこか安心できる自分がいる。
理由を考える必要はない。
守るべきものが、そこにある。それで十分だ。
朝食の席で、父は新聞を読み、母は静かに紅茶を口にする。
政近の様子を誰も特別に見ない。
それが、この家の「普通」だった。
祖父の一言に、政近は即座に答える。
褒められなくてもいい。
認められなくてもいい。
失敗しなければ、それで価値は保たれる。
有希が横で、こっそり政近を見ていることに、彼は気づいていた。
何か言いたそうで、でも言わない。
その視線に応えるように、政近はほんの少しだけ、表情を緩めた。
有希だけが、それに気づいた。
周防政近は、完璧であることを疑わない。
それが自分の役割であり、存在理由だと、まだ信じ切っている。
そしてその世界は、
――今はまだ、壊れる気配を見せていなかった。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。