午後のチャイムが鳴った。
真夏の日差しが校庭を照らす中、タクヤは教室を出た。
隣にはユーキがランドセルを揺らしながら歩いている。
ユーキ「俺、図書室寄ってから帰る! タクヤも行く?」
タクヤ「……俺はいいや。先に帰る」
ぽつりと返したタクヤに、ユーキは少しだけ不思議そうな顔をしたけど、それ以上は何も言わず「じゃあ、またあとで!」と手を振って走って行った。
今日は朝から、なんとなくおかしかった。
頭が重い。
足も、いつもの半分くらいの力しか入らない感じがする。
でも、別に言うほどじゃない。そう思って、無理やり歩く。
けど、ランドセルの重さがいつも以上に堪える。
タクヤ「……重い」
つぶやいた声も、自分にしか聞こえない。
日陰を選びながら歩こうとしても、目の前の景色がぐらりと揺れる。浅くて速い呼吸しかできない。汗が首筋を流れて、背中に染みていく。
何かおかしい──でも、わからない。
いつもなら我慢して歩ける距離なのに、今日はやけに遠く感じた。
その時だった。
「……あれ?」
すれ違った高校生が、立ち止まる。制服のネクタイを緩め、ヘッドホンを外して、目を細めてこちらを見ていた。
リョウガ「タクヤ……?」
その声に、タクヤははっとして顔を上げた。
滲む視界の先、そこにはリョウガが立っていた。
高校の帰り道、偶然にも同じ道を通っていたらしい。
タクヤ「りょう……が」
声に力が入らない。思わず電柱に手をついて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」と、リョウガが駆け寄ってくる。
驚いた様子でしゃがみ込んで、タクヤの肩に手を添えた。
タクヤ「なんか……ちから、はいんな、い……」
リョウガ「まじかよ……風邪?それとも熱中症?」
リョウガはそう言いながらも、焦った顔でタクヤの額を触って、背中をさする。
リョウガ「ランドセル、持つから。ちょっと歩けるか?」
タクヤは小さくうなずいたけど、立ち上がるとまた視界が傾いた。
リョウガは即座に「やっぱ無理すんな」と言ってタクヤのランドセルを地面に置くと、自分の背を向けた。
リョウガ「……乗れ。おんぶする」
タクヤ「……え?」
リョウガ「いいから。歩けないだろ?」
タクヤは戸惑いながらも、震える手でリョウガの肩につかまる。ひょいと軽く背負われると、視界が少しだけ高くなった。
リョウガ「気持ち悪くなったりしたら吐く前に言えよ?」
リョウガはタクヤのランドセルを前に抱えながら、背中のタクヤを支えて歩き出す。
耳元では、浅い呼吸が続いていた。その音がどこか怖くて、リョウガは足を早める。
リョウガ「もうすぐ、もうすぐだからな」
少し息を切らしながらも、足を止めずに青空の家を目指す。
道ゆく人が振り返るのも気にしなかった。
そして、青空の家の玄関にたどり着く。
靴を脱ぐのももどかしいくらいで、リョウガはタクヤをひとまずソファーへ寝かせるとタクヤはまだ息を切らしていた。
リョウガ「タクヤ、とりあえず水飲んだ方がいい」
そう言ってリョウガはタクヤのランドセルから水筒を取り出す。
リョウガ「おま、全然飲んでねぇじゃん。」
リョウガが水筒の重みにそう言うとタクヤはバツが悪そうに顔を下げる。
リョウガ「とりあえず飲みな。何にしても脱水は良くないから。」
そう言って水筒を渡すとタクヤは少しずつ水を口にした。
タクヤ「……もう、だいじょぶ」
リョウガが忙しなく動く横でタクヤが小さな声で言ったが、呼吸はまだ浅く、頬は少し赤い。とても大丈夫には見えない。
リョウガ「んなわけあるか。まだ息上がってんじゃん」
リョウガはそう言いながらも、少しほっとした顔でタクヤの額に手をあてた。熱は少しある気がする。でも、さっきみたいにふらついてはいない。
リョウガ「カイたちはまだ帰ってこないんだよな……」
リョウガは自分のスマホを見て、時間を確認した。部活のカイが帰るのは夕方近くだ。タカシのお迎えはカイが行くし、ユーキももまだ戻っていない。
リョウガ「……ちょっとまってろ」
立ち上がったリョウガはキッチンへ向かい、冷たいタオルを持ってきた。
タクヤの額にタオルを乗せたリョウガは、すぐそばの床に腰を下ろした。
リョウガ「……もうちょい、涼しくなればマシになるかもな」
タクヤは黙って天井を見上げている。時折まぶたが揺れて、うとうとしているようにも見えた。
リョウガ「寝ててもいいから、暑かったら言えよ」
小さくうなずくタクヤの頭を、リョウガはそっと撫でる。
リビングの窓の外では、セミが鳴いている。
暑さの中、リョウガはタクヤの呼吸のリズムに意識を向けていた。
しばらくすると玄関のドアが元気よく開く音とともに、タカシとユーキの声が響く。
カイ「ただいま。……あれ?」
靴を脱いでリビングへ入ってきたカイの目に映ったのは、ソファに横たわるタクヤと、そのすぐそばで座り込むリョウガの姿だった。
カイ「……なに?タクヤどうしたの?」
リョウガはちらりとカイを見て、真剣な表情のまま小さく答えた。
リョウガ「……たぶん、熱中症?帰り道でバテてて、歩けないって言うからおんぶして帰ってきた」
ユーキ「タクヤ具合悪いの?」
タカシ「おねつ?」
カイの後ろからひょこっとちびっこ達が顔を出したタカシとユーキに「タクヤちょっと具合悪いみたい。手洗ってお部屋で待ってて」とやさしく声をかけ、タクヤのそばへすぐにしゃがみ込む。
カイ「……タクヤ、大丈夫?」
カイの声に、タクヤがうっすら目を開けた。
タクヤ「……だいじょぶ」
弱々しい声で答えるタクヤにカイは眉を顰める。
カイ「全然大丈夫じゃなさそうだけど…」
「今気持ち悪い?」「頭は?痛くない?」「ぐるぐるする?」カイはそんなことを聞きながらタオルを持ち上げて、もう一度額に手を当てる。
その手は、ほんの少し汗ばみながらも、タクヤを安心させるようにやさしかった。
カイ「朝から具合悪かった?」
タクヤはしばらく答えなかった。でも、やがてぽつりと呟く。
タクヤ「……あさ、ちょっとだけ、だるかった…かも」
カイ「それで学校、頑張ったの?」
タクヤの目が少しだけ揺れて、唇がきゅっと閉じられた。
その様子に、カイはほんのわずかに表情を曇らせて、そっとタクヤの手に自分の指先を重ねた。
カイ「言ってくれてよかったのに。……えらかったね、ちゃんと帰ってきて」
その言葉に、タクヤの目尻がほんの少し潤む。
カイ「具合悪かったりすると熱中症とかなりやすいみたいだから。…これはタクヤだけじゃなくてタカシもユーキも、皆一緒ね。」
階段の影からこっそりと覗き込む2人を指さして言う
ユーキ「あー、バレてたのー?」
タタカシ「ユーキにい、だからやめた方がええって言ったのに」
「全然隠れられてねーから」と笑いながらリョウガが言う
ユーキ「心配できちゃった。タクヤ大丈夫?」
タカシ「タクにい、いたいいたい?」
タクヤ「いたく、ない。ちょっと……くらくら、しただけ」
タカシ「くらくら……?」
カイはそっとタカシの頭を撫でながら説明する。
カイ「暑いときとか、お水が体にちょっとしかなくなっちゃうとクラクラしちゃうの。」
タカシは「ふーん……」と難しそうな顔で考える。
リョウガ「だから今は休むのがいちばん」
そう言ってリョウガは冷凍庫から出したアイスノンをタオルにくるんで、そっとタクヤの首の後ろにあてる。
ひやっとした感触に、タクヤの身体が少しだけびくっと動いたけど、すぐに落ち着いて、静かに目を閉じた。
カイ「……楽になってきたかな」
誰に言うでもなくつぶやいたその言葉に、タクヤはほんの少しだけ、まぶたを動かして返事をする。
それを見たリョウガが、安心したように息を吐いた。
タカシ「タクにい、ねむい?」
カイ「きっと眠いね。今日はがんばりすぎちゃったから」
ユーキ「タクヤ、寝てていいよ。俺たち、静かにしてるから」
リビングに、ふっと風が通り抜ける。
カーテンが揺れて、少しだけやさしい影が落ちた。
その下で、タクヤの寝息がゆっくりと規則正しくなっていく。
カイはそっとその頭を撫でながら、静かに言った。
カイ「……大丈夫、大丈夫。」
それはもう聞こえていないかもしれない声だったけれど、その言葉に、タクヤの肩がほんの少しだけ緩んだ気がした。
やさしい午後が、ゆっくりと流れていく。
誰かの背中も、誰かの手のひらも、ちゃんとあったかい。
そんなことを、タクヤは夢の中で思い出していた。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。