第12話

合図‪💚💙(💜)
1,045
2025/07/16 12:00 更新
タクヤが青空の家に来てから、数ヶ月が経とうとしていた



まだぎこちない部分は多かったが少しずつ慣れてきたように見える反面、ときおりぽつんとした表情を浮かべることがあるのを、リョウガは気にしていた



リョウガ「なぁカイ、俺気づいたんだけどさ……タクヤ、よく首触ってね?」


夕飯の片付けが終わったタイミングで、リョウガがぽつりと言う


カイ「うん……俺も、なんとなく気になってた。なんかさ、不安な時とかに無意識にやってるのかもって思って」


リョウガ「だよな……。この前も、ユーキがふざけて後ろから驚かせた時、めちゃくちゃビクッてしてたし」


カイ「あー俺それ見てなかったわ」


リョウガ「首、ぐって抱えるみたいにしてた。その後固まってたし……」





カイはその話に眉をひそめながら頷いた


カイ「タクヤの癖とかなのかな…」







________



また別の日



朝ごはんのあと、タクヤがランドセルを背負って玄関に立った時、やっぱり首を軽く触っていた



そして、その瞬間のタクヤの表情は——ほんのわずかだけ、固かった





タクヤ「行ってきます」




淡々とした声





何かをこらえているような声に、カイは小さく眉をひそめた


すぐにリョウガの方を見ると、彼も同じことに気づいたようで、静かに頷いていた






それからというもの、カイとリョウガは自然と、タクヤの“首に触れる仕草”を注意深く見るようになった







それが不安や緊張のサインだと確信するまで、そう時間はかからなかった





でも——





カイ「タクヤには、言わないでおこう」




カイがそう言ったとき、リョウガも頷いた



リョウガ「うん。あれが、タクヤなりのSOSなら……俺たちがそれに気づいていればいい」



指摘することで、彼の小さなサインが無くなってしまうことは避けたかった









——けれど、それは“あの日”の前までの話だった











ある日の夕方、部活から帰ってきたカイは、家の中がやけに静かなことに気づいた




「ただいま」と声をかけても、誰の返事もない




カイ「みんな出かけてんのかな」



不思議に思って廊下を歩いていくと、洗面所のほうから小さな音がした






水の流れる音





そして、誰かがすすり泣くような気配







ドアをそっと開けると、そこには鏡の前に立ち、泣きながら自分の首をぎゅっと掴んでいるタクヤの姿があった



カイ「――タクヤ!!」



カイはすぐに駆け寄り思わずその手を取る






ぎゅっと力が入った小さな手は、タクヤ自身を締めつけていた



カイ「だめ、そんなことしたら……! 手、離して。大丈夫だから……」




言葉が届いたのかどうかもわからない



けれど、しばらくしてタクヤの手から力が抜け、その場に崩れ落ちるようにしてしゃがみ込んだ




タクヤ「う、ぅ……ごめん……ごめんなさいっ……っ」




かすれるような小さな声が口から漏れる





そのとき、玄関の方から声がした




リョウガ「ただいまー。タカシちゃんと手洗ってな」



リョウガの声だ



カイは思わず顔を向け、「こっち来ないで」と叫びそうになるのをぐっと堪えた



数秒後、足音が止まる



リョウガが気配で何かを察したのだろう、「タカシ、ちょっとごめん。部屋で待ってて」と声をかけると、リビングの戸を閉めた音がした




それから、静かに洗面所にやってきたリョウガ




リョウガ「……何、どうしたの」



カイ「わからない。帰ってきたら、こうしてて……」



タクヤの涙はまだ止まらなかった



リョウガは深く息をついて、しゃがみこむとゆっくりとその背を抱いた

リョウガ「大丈夫大丈夫。謝んなくていいから。ゆっくり深呼吸しな。」

タクヤは声にならないしゃくりを上げながら、必死で何かをこらえていた



カイもただ静かにその背中を撫で続けた










しばらくして落ち着いてきたころタクヤがぽつりぽつりと話はじめた





タクヤ「苦しくなると……、頭が、ぐちゃぐちゃになって……首、ぎゅってすると……なんか……すこしだけ、戻る……」





絞るような声で、こぼされた言葉に、カイとリョウガは何も返せなかった





沈黙が、洗面所に満ちる





カイはそっとタクヤの手を包み込み、やさしく言った




カイ「そっか……。じゃあ、これからは、ぐちゃぐちゃになる前に、俺たち呼んで。タクヤのこと助けるから。」




リョウガも頷いた




リョウガ「1人で我慢しなくていいから。な?」




タクヤは一瞬だけカイとリョウガを見上げたが、またすぐに目を伏せて、小さくうなずいた




タクヤ「……ごめん」



その言葉に、カイは首を横に振る



カイ「謝ることじゃないよ。」



タクヤの手はまだ少し震えていたけれど、目には、さっきまでの鋭い恐怖が少しだけ和らいでいた



リョウガは立ち上がり、棚からタオルを取り出して、そっとその頬を拭う




リョウガ「1回タカシ見てくるわ。カイ、タクヤのことお願いしていい?」



カイ「うん、ありがとう。」



リョウガがそっと洗面所を出ていったあと、カイはタクヤを自分の膝に座らせると、タクヤは胸元に顔をうずめた





小さな背中が、静かに呼吸を整えていく






カイは何も言わず、ただ背中をさすりつづけていた




タクヤの不安が、少しでもやわらぐように




そして、これからはもっと早く気づいてあげられるように




そんな思いがタクヤを少しずつ、あたたかい灯として照らし始めていた
















________

おまけ







ある日の日曜


青空の家のリビングにはいつも通り穏やかな時間が流れていた




テレビでは子ども向けのバラエティ番組が流れ、タカシは床にちょこんと座っておやつをポリポリ


ユーキはソファの端でゲーム機を構えていて、たまに「あー!やられたー!」と叫んでいる


リョウガとカイはそれぞれ宿題を広げていたけど、ふとした拍子にリビングの真ん中に目を向けた

タクヤが、ぼんやりと座っていた

表情に特別な違和感はない



でも、ふとリョウガの視線が止まる




タクヤの右手が、何気なく首元へ上がった



そして、ほんの数秒、そこに添えられた

リョウガ「……タクヤ」


リョウガが、静かに呼んだ


タクヤ「……えっ」



タクヤは少し驚いたように目を見開いて、すぐに手を下ろした


表情が固い。無意識だったのだろう


カイも、すぐに視線を向ける


カイ「大丈夫?」
やわらかな声で、静かに


タクヤは、少しだけうつむいた

タクヤ「……ううん、なんでもない」


でも、その返事に対して、ふたりは何も言わなかった


リョウガは立ち上がり、タクヤの隣に腰を下ろした

リョウガ「俺も疲れたからちょっとここ座っちゃお」

タクヤ「……うん」

タクヤの顔が少しゆるむ

カイは宿題の手を止めたまま、ほんの少しだけ目を細めて言った

カイ「無理に言わなくていいよ。……でも、俺たちちゃんといるからね」

その言葉に、タクヤの肩がすっと下がる

タクヤ「……なんかさ、さっきテレビで学校の話してたでしょ
。それで……ちょっと、昔のこと思い出しただけ……」




ぽつりと落ちた言葉に、リョウガはうなずいて、タクヤの背中を軽くぽんぽんと叩く


リョウガ「そっか。……そん時は、ぎゅーってされるのがいちばんだな」

タクヤ「……やだ、リョウガ、重い」

リョウガ「失礼だな!俺、意外とやさしいクッション系男子だよ」



タクヤが、ふっと笑う。

カイも少し笑って、キッチンに立ち上がった。

カイ「じゃ、甘いココアでも淹れようかな」

タクヤ「……うん」

「ココア飲みたーい!」とユーキとタカシの声も聞こえてくる





首に手を当てる癖は、きっとすぐには消えない



けれど、それがSOSだと“誰かが知っている”というだけで、ほんの少し息がしやすくなることもある



今日も、タクヤの隣にはちゃんと、誰かがいる





そのあたたかさを、タクヤは確かに感じていた

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