第10話

不安 続‪💚(❤️)
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2025/07/13 12:00 更新
四時間目のチャイムが鳴ると、教室の空気が一気にゆるんだ


七月に入ってからというもの、蒸し暑さが日に日に増している。窓の外ではセミが鳴いていたけれど、タクヤにはその声が少し遠く感じられた


ユーキ「タクヤ、もう行くの?」

ユーキが給食の支度をしながら声をかけてきた


うなずきながら、ランドセルを閉じる手に力が入る

タクヤ「うん……職員さんが、もう来てるって」

ユーキ「そっか。……がんばってね」

いつものような調子でそう言ってくれるユーキの声に、タクヤは少しだけ気持ちが軽くなった

タクヤ「……うん。また後でね」

ひらりと手を振って教室を出ると、昇降口の外に、いつもの銀色のワゴン車が止まっていた
運転席には、青空の家の職員の先生――落ち着いた口調で、いつもやさしく見守ってくれる先生の姿がある

職員「……お疲れさま。暑かったでしょ」

タクヤはこくんとうなずいて、助手席に乗り込んだ

職員「シートベルト、大丈夫?」

タクヤ「……うん」



エンジンが静かにかかると、ワイパーがフロントガラスをゆっくりと撫でた

さっきまで晴れていたのに、ぽつりぽつりと雨が降ってきたようだった


職員「病院までは、20分くらいかな」


先生の声が落ち着いているぶん、タクヤの中にある緊張が、逆に際立つ

喉の奥がひりつくようで、さっきから何度も唾を飲み込んでいた




タクヤ「……結果、わかったら、どうなるの?」


職員「うん。今日はね、検査の結果がどうだったかって話をお医者さんから聞くよ。食べちゃいけないものとか、今後気をつけることも教えてもらえるはず」


タクヤ「……こわいこと、する?」


職員「ううん。検査だけのときより、ちょっと話は長くなるかもしれないけど、怖いことはないよ。タクヤがちゃんと元気に過ごせるように、確認するための時間だよ」

その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた






____





病院は、静かだった




白い壁と、ほんのりと消毒液のにおい




タクヤは、職員さんの後ろをぴったりくっつくように歩いた






医師「こんにちは、どうぞお入りください」


診察室の中で、前回もお世話になった優しい笑顔を浮かべた医師が迎えてくれる




医師「タクヤくん、お疲れさま。よく来てくれたね。先生もありがとうございます。」


職員「いえ、こちらこそいつもありがとうございます」



大人同士のやりとりを聞きながら、タクヤは診察椅子に座り、そっと首元を押さえた



医師「じゃあ、検査の結果を一緒に見ていこうか」


パソコンの画面をこちらに向ける


医師「今回のアレルギー検査、いろんな項目を調べたけど……いくつか、気をつけたほうがいい食べ物があったんだ」



タクヤの目が揺れた



医師「まずね、乳製品。牛乳とか、チーズ。この前少し反応が出たって聞いたけど、やっぱりそれが大きいみたい」



タクヤ「………」



医師「それと、卵もちょっとだけ反応が出てた。でも、重度ではないから、完全に避けなきゃいけないわけじゃないよ。加熱されたものなら、少量なら大丈夫なことも多いからね」




職員さんが横でうなずいた



チーズ、卵



みんなが食べてるものが、自分には合わないかもしれない

そう思うと、少しだけ寂しい気持ちになる



けれど、それよりも「ちゃんとわかった」ことのほうが大きかった


「わかってよかった」と医師が言う




医師「反応があるってことは、タクヤくんの体ががんばって知らせてくれてるってことなんだよ」



“体が知らせてくれてる”


タクヤはその言葉を、胸の中でゆっくり繰り返した






病院を出たころには、雨はやんでいた





職員「タクヤ、疲れてない?」

タクヤ「……だいじょうぶ。お水、のむ」

職員「ランドセルから水筒取ろうか?……はい」

助手席で水筒を受け取って、一口飲むと、冷たい水が喉に心地よく染み渡る




職員「ご飯、先生たちと相談して、これから少しずつ食べる量やメニューを調整していこうな。無理せず、安心して食べられるように」

タクヤ「……うん」

言葉は少なかったけれど、タクヤの中には小さな安心が生まれていた


“食べられない”んじゃなくて、“気をつければ大丈夫”。


その違いは、タクヤにとってとても大きかった


職員「あと学校の給食でも配慮してもらえるように連絡するよ。タクヤが心配しなくていいように、先生たちがちゃんと準備しておくから」


タクヤ「……ほんと?」


職員「もちろん」


笑ってくれた先生の表情に、タクヤも小さく笑った




青空の家に帰り着いたのは、午後三時半すぎ


まだみんなは帰ってきていなかった


職員さんが荷物を置きに行っているあいだ、タクヤは一人でソファーに座った

窓の外には、夕方の光が差し込んでいて、雨に濡れたアジサイがきらきらと揺れている



玄関から「ただいまー!」という元気な声が響いた


ユーキだった。


ユーキ「あ!タクヤの帰ってきてる!おかえり、タクヤ!」


タクヤ「……うん、ただいま」


思わず笑ったその声に、自分でも少し驚いた





——アレルギーという、これから向き合っていくもの。



でも、それと同じくらい、「ひとりじゃない」ことも、今日ちゃんとわかった




小さな午後の出来事が、タクヤのなかでやさしく響いていた

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