四時間目のチャイムが鳴ると、教室の空気が一気にゆるんだ
七月に入ってからというもの、蒸し暑さが日に日に増している。窓の外ではセミが鳴いていたけれど、タクヤにはその声が少し遠く感じられた
ユーキ「タクヤ、もう行くの?」
ユーキが給食の支度をしながら声をかけてきた
うなずきながら、ランドセルを閉じる手に力が入る
タクヤ「うん……職員さんが、もう来てるって」
ユーキ「そっか。……がんばってね」
いつものような調子でそう言ってくれるユーキの声に、タクヤは少しだけ気持ちが軽くなった
タクヤ「……うん。また後でね」
ひらりと手を振って教室を出ると、昇降口の外に、いつもの銀色のワゴン車が止まっていた
運転席には、青空の家の職員の先生――落ち着いた口調で、いつもやさしく見守ってくれる先生の姿がある
職員「……お疲れさま。暑かったでしょ」
タクヤはこくんとうなずいて、助手席に乗り込んだ
職員「シートベルト、大丈夫?」
タクヤ「……うん」
エンジンが静かにかかると、ワイパーがフロントガラスをゆっくりと撫でた
さっきまで晴れていたのに、ぽつりぽつりと雨が降ってきたようだった
職員「病院までは、20分くらいかな」
先生の声が落ち着いているぶん、タクヤの中にある緊張が、逆に際立つ
喉の奥がひりつくようで、さっきから何度も唾を飲み込んでいた
タクヤ「……結果、わかったら、どうなるの?」
職員「うん。今日はね、検査の結果がどうだったかって話をお医者さんから聞くよ。食べちゃいけないものとか、今後気をつけることも教えてもらえるはず」
タクヤ「……こわいこと、する?」
職員「ううん。検査だけのときより、ちょっと話は長くなるかもしれないけど、怖いことはないよ。タクヤがちゃんと元気に過ごせるように、確認するための時間だよ」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた
____
病院は、静かだった
白い壁と、ほんのりと消毒液のにおい
タクヤは、職員さんの後ろをぴったりくっつくように歩いた
医師「こんにちは、どうぞお入りください」
診察室の中で、前回もお世話になった優しい笑顔を浮かべた医師が迎えてくれる
医師「タクヤくん、お疲れさま。よく来てくれたね。先生もありがとうございます。」
職員「いえ、こちらこそいつもありがとうございます」
大人同士のやりとりを聞きながら、タクヤは診察椅子に座り、そっと首元を押さえた
医師「じゃあ、検査の結果を一緒に見ていこうか」
パソコンの画面をこちらに向ける
医師「今回のアレルギー検査、いろんな項目を調べたけど……いくつか、気をつけたほうがいい食べ物があったんだ」
タクヤの目が揺れた
医師「まずね、乳製品。牛乳とか、チーズ。この前少し反応が出たって聞いたけど、やっぱりそれが大きいみたい」
タクヤ「………」
医師「それと、卵もちょっとだけ反応が出てた。でも、重度ではないから、完全に避けなきゃいけないわけじゃないよ。加熱されたものなら、少量なら大丈夫なことも多いからね」
職員さんが横でうなずいた
チーズ、卵
みんなが食べてるものが、自分には合わないかもしれない
そう思うと、少しだけ寂しい気持ちになる
けれど、それよりも「ちゃんとわかった」ことのほうが大きかった
「わかってよかった」と医師が言う
医師「反応があるってことは、タクヤくんの体ががんばって知らせてくれてるってことなんだよ」
“体が知らせてくれてる”
タクヤはその言葉を、胸の中でゆっくり繰り返した
⸻
病院を出たころには、雨はやんでいた
職員「タクヤ、疲れてない?」
タクヤ「……だいじょうぶ。お水、のむ」
職員「ランドセルから水筒取ろうか?……はい」
助手席で水筒を受け取って、一口飲むと、冷たい水が喉に心地よく染み渡る
職員「ご飯、先生たちと相談して、これから少しずつ食べる量やメニューを調整していこうな。無理せず、安心して食べられるように」
タクヤ「……うん」
言葉は少なかったけれど、タクヤの中には小さな安心が生まれていた
“食べられない”んじゃなくて、“気をつければ大丈夫”。
その違いは、タクヤにとってとても大きかった
職員「あと学校の給食でも配慮してもらえるように連絡するよ。タクヤが心配しなくていいように、先生たちがちゃんと準備しておくから」
タクヤ「……ほんと?」
職員「もちろん」
笑ってくれた先生の表情に、タクヤも小さく笑った
⸻
青空の家に帰り着いたのは、午後三時半すぎ
まだみんなは帰ってきていなかった
職員さんが荷物を置きに行っているあいだ、タクヤは一人でソファーに座った
窓の外には、夕方の光が差し込んでいて、雨に濡れたアジサイがきらきらと揺れている
玄関から「ただいまー!」という元気な声が響いた
ユーキだった。
ユーキ「あ!タクヤの帰ってきてる!おかえり、タクヤ!」
タクヤ「……うん、ただいま」
思わず笑ったその声に、自分でも少し驚いた
——アレルギーという、これから向き合っていくもの。
でも、それと同じくらい、「ひとりじゃない」ことも、今日ちゃんとわかった
小さな午後の出来事が、タクヤのなかでやさしく響いていた











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。