第4話

第三章
15
2024/01/22 14:01
昼間とは少し違うその風景に、逆光の君が浮かぶ

街路灯にはまだ灯りがついていない
蝉は、寂しさを含んだように鳴く
数時間前の明るさを失った、薄暗い街

伸びる影も
まだ鳴らない踏切りも
君の驚いた表情も

何もかもが美しく見えた

僕はこれから自殺する





「好きだよ」
そう告げると、君はひどく目を見開いていた
余程驚いて、動揺しているようだ

「…え…?」
少しの間があってから、君が小さくそう言った

その表情に、僕は思わず笑ってしまう
「はは、急に言われても困るか」

「え…え?」
もう言葉を失っている君には、そんな言葉も届いていないかもしれない
「でも、冗談じゃないからね。僕は本気で君が好きだ」
無駄に恥じらうのも柄じゃないから、はっきりと君の目を見て言った

「え…っと…」
なんかもう心配になるくらい、君は混乱している
僕が踏切りの上に立っているのなんて忘れてるくらいだ
…その顔が少し嬉しそうに見えたのは、僕の勘違いだろうか

紅く染まった空と雲が、深い藍に呑まれていく
踏切りが境目になるように、僕と君は向かい合って立っていた

駅で見かけた、ここを走る電車の時刻表
確認した時間からするに、あと3分もすれば電車が来てしまう
だから、早めに終わらせないと

「もうすぐ時効なんだ。だから簡潔に言うね」
さらに君を困らせるようなことを言ってしまうかもしれない

でも、シナリオも台本もないのだから仕方ない
一発本番の勝負
間に合えば、良いけど…

「僕は君を置いていく。だから、付き合ってなんて我儘なことは言わない」
「え、…置いてく…って…?」

もう、分かっているも同然だろうに、君は尋ねてくる

「君の笑った顔が好き。泣いてる顔も、怒ってる顔も」
「…!」

「風に靡く髪も、深い瞳も、潤んだ唇も」
「誰にだって優しいところも、時々不思議なことを言うところも、理科の地学だけは苦手なところも」

もうすぐ、僕は死ぬ
だからせめて、それまでに出来るだけ君への愛を伝えたい
裏返せばただ、これからを生きる君への呪いになりかねないが

「僕は君の全てが好きだ。狂うほどに愛おしい」

気付くと君は、涙を流していた

「わ、私…えっと…」
夕陽が君の涙を反射して、橙色に光る
何を伝えようとしているのか、分からなかった

初めてだったはず
だって、君の考える事なんて、今まで手に取るようにわかっていたから

でも、今は違う

静かに涙を流す君の瞳が、僕に何を訴えかけているのか分からない
君が発した言葉には、僕の想像以上の感情が込められていた

「わ、…たし…も、す、好…き…だよ…?」
少しどもりながらも、君はそう言った

今度は僕が驚く番だった

それは、嬉し涙だったんだ…
意外…というか、なんというか

異性同士の友達はなんとやら
友達以上、恋人未満
そんな関係で終わるのが嫌だったから、今この場で言ったけど…
僕の杞憂だったみたいだ

「…そっか。ありがとう」

そう言った瞬間、あの音が聞こえた
僕らのすぐ近くで

踏切りの音だった
耳をつんざくような甲高い音に、僕らは驚く

…時間だ
少しずつ踏切りが迫ってくるのが分かった

「あ、日向…危ないから、早く…!」
「大丈夫」
君が慌てて僕の腕を掴んだけど、僕はそれを優しく振りほどいた

「え…?何で?ねぇ、ちょっと!?日向!?」
ごめんだけど、君と一緒にはもういられない

もう決めたことなんだ
「ねぇ、日出。大好きだよ。君が、世界で一番」

カンカンと鳴り響く
煩い踏切の音に

声をかき消されないように

今此処で伝えないと、もう一生言えない

これが、最初で最後の僕の心からの告白です
僕は君の頬にキスを落とした

「日向…?ねぇ…!?」
そしてギュッと抱きしめてから、後ろに押した

君はフラッと体勢を崩す
でも、君の視界から僕は消えない

昼頃に駅で聞いた聞いた、あの轟音がまた近づいてくる

ごめんなさい。本当に
人身事故とか、色んな人に迷惑を掛けるだろうな…
でもこれで、アイツらの虐めが発覚したらちょっと嬉しいかも

「日向!ねぇ待ってよ!日向!」
その声は、僕にはもう届いていなかった

痛みを感じる暇もなく、僕は電車に轢かれた

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